どこかにいってしまったものたち

どこかにいってしまったものたちどこかにいってしまったものたち
クラフト・エヴィング商會
筑摩書房
★★★★


クラフト・エヴィング商會が出した初めての本がこれだそうです。

  >よくお読み下さい
   本書に登場する「どこかにいってしまったものたち」は、現在この世に「ない」ものたちであり、
   残念ながらその実在が確認されておりません。故に、本書を最良の形でお楽しみ頂くためには、
   その「真偽」を問わないことをおすすめ致します。
   ただし「現実離れ」等の副作用にはくれぐれもご注意下さい。

こんな注意書きがあるこの本、クラフト・エヴィング商會の先代、先々代が取り扱った「不思議なもの」のうち、明治・大正・昭和初期の「不在品目録」です。
箱や瓶だけが残されたもの、取り扱い説明書だけが残されたもの、一部の部品だけが遺されたもの・・・
それらは、たとえば

「迷走思考修復機」・・・迷走してしまった思考を理路整然と修復する機械。自分の迷走してしまった言葉をこの機械に話し入れればたちまち「大変滑らかなる言語配列」が聞こえ出す、という仕組みだそうです。(明治期)←わたしとしては、収拾がつかなくなり、やがて「何の話してたんだっけ?」「さあ・・・」となる、井戸端会議をまずこの機械に入れてみたい

「深夜眼鏡」・・・サングラスがあればムーングラスもあってしかるべき。ただ問題はサングラスとどう違うのか、ということだそうです。(大正期)

「人造虹製造猿」・・・身の丈30センチほどの木製のお猿、その合唱した手がゆっくりと開かれるに従い、その両の手の間に本物の虹が出現するというもの。これが発売された当初は大いに評判を博したもののニセモノが現れ始め、やがて消えていったらしい。クラフト・エヴィング商會に残るのは美しい木箱と丁寧な解説書のみ。(昭和期)←これは見てみたいなあ。

「卓上キネマハウス」・・・卓上に乗るほどの小さな映画館。「本物と寸分違わず作られたスクリーンと音響のしくみ」が謳い文句だったそうですが、「いんちきだ。音はするがスクリーンには何も映し出されないじゃないか」との抗議が殺到して、あまり売れなかったそうです。これに対して製作者は「私は映画そのものを売りたいのではない。映画館の空気をいつまでも味わえるようにしたかっただけなのだ」と主張したそうです(昭和期)←「サギ〜!」と言いたいところだけれど、粋人であるならば、ここはひとつ雰囲気を買ったことを喜び、世界一小さな映画館に入れたことの喜びに浴することを光栄と思うべきでしょうかねえ。・・・やっぱりサギだよね?

「空中寝台(フローティングベッド)」・・・空中に浮かぶベッドですって。どんなもんでしょうかねえ。これもパッケージと解説書の一部のみ現存。このベッドに乗るための方法が書かれた解説書ですが、えらい大仕事のようです。安らかな眠りというより、疲れて伸びてしまう、というのが正しいのでは?

さて、ところで、この本にはおまけがあります。
古い古い失われてしまったものたち(さわるだけで今にも空中分解しそうな儚げなものたちの断片)がどのようにして作られたか、その秘密を「『どこかにいってしまったものたち』の作り方」として、教えてくれます。
これは蛇足でしょうか。・・・でもおもしろかったですよ。あの美しく儚いひとつひとつの小さな解説書やパッケージが、こんなにこんなに気の遠くなるような作業の末、手間隙かけて作られたものであることに、ほお〜っとため息をついたのでした。
そして、最後のあとがきは「魔術師の帽子を脱いで」というタイトルどおり、謎のクラフト・エヴィング商會は、舞台をおり、私たち読者のそばまで挨拶に来てくれたように思いました。
この種明かしのページ、わたしはちゃんと頭に入れました。はい。・・・こう書き終えたら、もしや、とたんにふうっとこの数ページが消えてなくなってしまうのではないか、と、ふと今そんな気がしました。そんな感じの本ですから。
・・・おや、まだあるね。158ページまで。その次のページが奥付です。明日もそうかな?