世にも美しい数学入門 藤原正彦/小川洋子 ちくまプリマー新書 ★★★ |
>そうですね、純粋数学をやりながら、人類に役に立つがどうかなんて考えている数学者は、
たぶん歴史上、だれもいないと思うんですよ。
・・・・・・・
ただ、数学は圧倒的に美しいですからね。
それにひきこまれて、ズタズタになってもいいからいくという。
そういうところがありますね。 (藤原)
>私、アテネオリンピックを見ていて、・・・・・・・・・
・・・ハンマー投げで室伏選手が最終的には金メダルを取りましたよね。
彼が、最後の投擲に入る前に、順番がくるまで、
フィールドにあお向けになって精神を統一していたんです。
「そのとき何を考えていたんですか」と聞かれて、
室伏選手は「星を見ていました」って答えたんですね。 (小川)
対談集。
数学はロマンチックであり、かぎりなく芸術に近くて、そこに魅せられた人は冒険者であり、その冒険者の物語を書こうとすることもまた限りなく冒険であり、ロマンチックである、と思うのです。
以前読んだマーカス・デュ・ソートイ「素数の音楽」に出てきたラマヌジャンやガウスを初めとする天才数学者の名に再会しました。
そして、リーマン予想やゴールドバッハの予想などいまだ解き明かされないあまりにも神秘的な美しさを持った仮説への数学者たちの地道で飽くなき挑戦にため息をつきました。
三角数や円周率の不思議におどろきました。
美しい定理と醜い定理の実例も楽しかったです。
わたしのような、早い時期にさっさと数学を捨てた者にもわかりやすく、ときにユーモラスに数学に潜む魅力を語ってくれました。
藤原正彦氏のあとがきから、共感する言葉を抜き出します。
>この討論を通じ私は、小川さんの数学的発想の鋭さにしばしば驚かされた。
文学と数学では、表現の仕方こそ違っていても、
感覚的に相似の部分がかなりある、ということなのだろう。
>はたして人間は金もうけに成功し、健康で、安全で豊かな生活を送るだけで、
「この世に生まれてきてよかった」と心から思えるだろうか。
「生まれてきてよかった」と感じさせるものは美や感動をおいて他にないだろう。
数学や文学や芸術はそれらを与えてくれるという点で、
もっとも本質的に人類の役に立っている。
文系理系、という言葉を便宜上よく使います。でも、もしかしたらこれはまた別の分け方もできるのかもしれません。
法学、社会学、経済、生物、化学、工学、医学・・・これらは直接人類の役に立つ学問。
文学、数学、芸術、これらは役に立てることをめざさない、ただ美しさを追求する学問。
凄く乱暴ですけど、こういう分け方もあるかな、と思いました。
それでも、この本にわたしは、☆3つの評価をつけました。
なぜならば、この本より先に読んだ「素数の音楽」の美しさに、この本はかなわないと思うからです。
「素数の音楽」は、詩であり、音楽であり・・・文学も数学も芸術も極めるところまで極めていけば天上のはるか彼方で一緒になるのだ、と素直に自然に信じられ、そこに感動できたからです。・・・より美しい表現で。
また、「博士の愛した数式」については・・・好きな本については、もっと知りたいし、内輪話だって聞きたい、という下世話な好奇心のもと、ひたすら読み漁るものの、やはり、本家本元のあの一冊の完璧さには、それ以上どんな言葉も邪魔になる、ということを悟るばかりのような気がするのです。
江夏の背番号28が完全数だという目が潤むほどの感動的な発見があったこと・・・小説の上ではさらりと読み流していたくだりにまつわるエピソードの数々に、ここで改めて感動したとしても。
・・・まあ、まわりくどい屁理屈言ってますね。ごめんなさい。
でも、やはり読めてよかったのです。小川さんの文学が藤原正彦さんの数学と出会って、ほんとうに幸福な出会いをして、あの、「世にも美しい」物語が生まれたのですもの。その秘密のおすそわけをいただいたのですもの