ひとがた流し

Hito
ひとがた流し
北村薫
朝日新聞社
★★★


なかなか本の中に入れませんでした。
まず、三人の40代女たちの関係が、どうも実感わかないのです。
三人とも一人ひとり見れば、それぞれに魅力的で、、弱さも強さもそれなりに共感できるのですが、これが三人の輪になると、どうも・・・わたし自身がこういう距離感のない関係が苦手で、「ああ、これは疲れるわー」と感じてしまったため、です。でも、ちょっとうらやましくもあるんですけど。疲れずに自然体で続けてきたんですよね、彼女たちは。何もかもさらして。
わたしはずっと前に読んだ「月の砂漠をさばさばと」がとても好きでした。おかあさんと小学生のさきちゃんの関係が大好きで、大きくなったさきちゃんが想像できませんでした。
それはしかたがない。現実、旧友の子どもに久々に会うと驚くもの。あの小さかったキューピーさんみたいな子が、なんでこんなおじさんみたいな青年になっちゃったの!?みたいな感じで。
だからさきちゃんがイメージと違ってもしょうがない。でも、その母は・・・勝手にイメージ固めてたから、牧子と「さばさば」のおかあさんと重ならない。
・・・そんなことがいちいちチクチクして、物語になかなか乗り切れないのです。

それに、ずっと続く彼女たちの日常、平和な日々。続くとりとめのない会話。小さな波は立っても穏やかに続く日々。
ボーっと読んでると、時々、きらっと光る言葉がまざっているので、その都度、はっとして付箋挟んで〈笑)静かな日々にまたもどります。
  >――もう、あれ以上の仕事は出来ない。
   それで、絶望を感じることはなかった。
   跳んで伸ばした指の先が、創作者なら誰でも憧れる高みにただ一度でも届いた。
   そのことを喜ぼうと思った。
   自分には自分のなし得る――いや、自分にしかなし得ない仕事がある。

  >誰だって普通は、《自分》が一番大切だ。
   その自分を捨てられるほどの《何か》を見つけられたらどうか。
   その場合は、人間にとって最大の恐怖である死からも解き放たれるのだろう。

  >人が生きていく時、力になるのは何かっていうと、
   ――《自分が生きていることを、切実に願う誰かが、いるかどうか》だと思うんだ。

こんな言葉を心に留めながら、のほほんと読んでいたのですが・・・
中盤以降、ぐんぐん(でもきわめて静かに)盛り上がってきます。ここからはもうノホホンとはしていられませんでした。一気でした。
正直、病気や死がある話はあまり好きではありません。ここで泣かせるのはずるいと思います。
泣くはずなかったのに泣いていました。とくにあのエレベーターの場面・・・
悔しい。

読み終えてみれば、あの平和な日々のとりとめのない会話のなかに彼女たちの生き方が伏線となって描かれていたのでした。
付箋つけといた言葉たちが一気に輝き始めました。あれらの言葉たちは、終盤の盛り上がりに向かって意図的に配されていたのでした。
最後に、一番心に残った言葉は千波の「やり直せないことが好き」という言葉。それは最後の何もかもがわかっての言葉・・・それでも「やり直せないことが好き」って言えるのかあ・・・
やり直したいことばかりのわたし。でも、やり直したいような一日にもちゃんと意味があるんですね。