海のふた

Umi2
海のふた
よしもとばなな
中公文庫
★★★


これは夏の御伽噺でしょうか。
この夏の海のピュアな雰囲気がとても良いです。
本の中で深呼吸したくなるほどで、ああ、夏に読みたかったなあ、と思いました。この夏、家族旅行で行った海水浴のパラソルの下で、荷物番しながらこれを読みたかったな。と。

特に大きな物語のうねりがあるわけでもない、道を探している若いまりちゃんとはじめちゃんの夏の物語。
はじめちゃんって、何歳くらいなんだろう。
子供、と思ったが、小さな子供はこんなこと言わない、でも、高校生くらいだとしたら、あまりに純粋で・・・年齢不詳。それが彼女の魅力、ちょっと人間離れした独特の雰囲気もいいな。
それから、まりちゃんの作るかき氷がとてもおいしそうで、本当に食べに行きたくなった。
けばけばしいイチゴやメロンはわたしも好きではありません。(舌が染まるのもいやだし)

好きな場面は、夜の海で、夜光虫といっしょに泳ぐところ。神秘的できれいで絵のよう。
  >昼よりも少し冷たい水はまるで墨に体を入れるように真っ黒なのに、
   手を動かすと夜光虫がさあっと光って道をつくる。
   何回も何回も、とりつかれたように手を動かした。
   まるで妖精の光の粉のように、闇に金が流れる瞬間が残像になった。



この本を読むときは現実のしがらみを忘れてしまったほうがいいんだろうけど、悲しいかな、情けないことがときどき心に浮かんでくる。
いかんいかん、そういうことは忘れておけ。世界が違うぞ、と思いつつ・・・
お金じゃ買えないものがある、というのはわかるが、現実問題、
かき氷屋で食っていけるか、これで採算絶対取れるわけ無いよ、とか。
はじめちゃんが直面している厳しい現実が書かれていたりもするんだけど今ひとつ真実味が感じられなくて。だって、実際こういうことが起こったら、ここで語られることと矛盾することがいっぱい出てくるわけだし。夢物語みたい。(その雰囲気がまあ魅力なのだけれど)

現実になくてもいい、こんなパラダイスが心の片隅にあったら、ちょっとだけ豊かに生きていける、はじめちゃんの親のように。そういうことなんだろうね。

  >氷は溶けるもので、すぐになくなるから、
   私はいつもちょっとしたきれいな時間を売っているような気がしていた。
   一瞬の夢。
   それはおばあちゃんでもおじいちゃんでも小さい子でもお年頃の人たちでも、
   みんながうわあとそこに向かって、すぐに消えるシャボン玉のようなひとときだった。
   その感じがとても好きだったのだ。

朝晩めっきり冷え込んで、そろそろインフルエンザが流行り始めた11月。この本を読んでいるときだけ、夏の海の匂いに包まれていました。