『ニライカナイの空で』 上野哲也

東京オリンピックのあった年です。オリンピックに活気付いた都会とは裏腹に日本各地の炭鉱は、徐々に閉山へと追い込まれていた、そんな時代でした。

父が破産して、父の旧友野上源一郎に預けられた12歳の立花新一は、東京から九州筑豊の炭鉱町にやってきた。
同じ屋根の下に住む同い年の竹雄を始めとした、逞しい腕白坊主達との友情。子供達に容赦のない親父たちや人情のあるおばさんたちとの熱い交流。
この町で、この人たちに囲まれて新一は成長する。夏休みをはさんだ8ヶ月の物語。

すごくおもしろかった!
そろって貧しいけれど自分の夢を切り開く根性も知恵も持った子どもたち、なんとぴんとしていることか。そしてなんというパワーなんだ。彼らの12歳の日々は、まさに黄金の時。
そんな彼らの中に放り込まれた新一は、さまざまな思いを抱えながら成長しないではいられない。
いろいろな事件を通じて、新一が感じること、考えること。
竹男との友情、しゃきっと顔を上げて生きること、離れて暮らす父への思いが微妙に移り変わって行くこと、竹雄を通して見る自分の未来。そして、太陽のようにおおらかで暖かい家族の中で、ときどき感じるよそ者としての疎外感…
そんないろいろな思いがぎゅうっと詰まった描写の各々に、はらはらしたり、笑ったり、切なくなったり、羨ましいと、感じたり。

なぜ彼らは12歳なのだろう。…つまり12歳は小学校最後の年だということなのだろう。来年中学生になる彼らは「こども」としてのタイムリミットを感じながら、思う存分最後のときを満喫しようとしている、それが切ないくらいにまぶしい。

物語の中心であり、最後まで重大な意味を持ち続ける夏休み。主人公の少年を大きく成長させた夏休み。
読み進めながら、何度も振り返って思い出す印象的な場面が満載の夏休みの冒険は最高。
ヨットでの初島への帆走のなんとすばらしかったことか。(ちらっとランサムを思い出させる。)ここは日本、九州だ。そして、ヨットは、新聞配達しながら資金を作り、一年がかりでぼろの伝馬船を改造して作り上げた彼らの手作りのヨットなのだ。すごいよすごいよ。竹雄の夢、その夢に寄り添う新一の夢…あまりにもまぶしくて、ほーっとタメイキをついてしまった。

そして、野上源一郎を中心として、忘れられない炭鉱の男達の横顔がいい。
「世界で一番辛い炭鉱」で働く男達、明日のない炭鉱で真っ黒になって働く男達の、武骨で頑固できっちりと筋を通そうとする姿がすがすがしく、子供達の世界をひきしめてくれている。

新一は成長した。
最初に新一を迎えに来たときの源一郎と最後に送っていったときの源一郎の何かが違う。でも、ほんとは何も変わっていなかったはずだ。それは、新一が成長したことを意味するようだ。成長した新一は、見えなかったものが見えるようになった、感じられるようになったということではないか。
父への批判も…新一は確かに成長した。だけど、親って切ないなあ、と思ってしまう。 子供は親を超えて行く。
でも親は成長できないのだ。あどけない顔で自分をまぶしく見上げていた子供の視線がいつのまにか冷ややかなものになっているのに、その理由さえ、気がつくことがないのかもしれない。
この父親の姿が哀れで悲しい、と思うのは、やはり自分が子供ではないから…

新一が帰っていく世界は厳しい。でもあえて、顔をあげてその世界のなかに踏み出していこうとする新一は、もうひ弱な都会っ子じゃない。
さわやかな涙が気持ちよかった。