『からくりからくさ』  梨木香歩

両手の中にすっぽり入ってしまいそうなこの小さな文庫本のなかに、なんとたくさんのものがぎゅーっと詰め込まれているんだろう、と思います。これでもかーってくらいにいろいろなテーマが唐草のように錯綜して詰め込まれているのに、まったく息苦しさがないのは本当に不思議な気がします。

詰め込みすぎによる息苦しさを感じないのは、しっかりした筋立て、それから、このエアコンも網戸もない古い家と野趣を感じる古い庭、それから、草木染や機織り、野草を調理することなど、自然と一体になったゆったりとした暮らしの雰囲気のせいでしょうか。
だけど、いったいどこからどのように手をつけて、感想をまとめたらいいのだろうか。

いくつかのテーマがあると思うのですが、まず、りかさんというお人形。このあいだ読了した「りかさん」では、神秘的でありながら、容子とマメに語り合い、「相棒」のような存在だったお人形りかさん。
この本では、亡くなったおばあちゃんの「浄土おくり」のため、まるで「お人形」(お人形なんだけどね)みたいになってしまっている。
けれども、この物言わぬりかさんに、女たちは語りかける。語りかけながら、自分の心と向き合い、心の平安をとりもどしたり、ポジティブになれるような感じ。これ、祈りのようだと思う。宗教的な感じさえする。

それにしても、なんと壮大なテーマでしょう。この本のなかの骨格をなす一番大きなテーマは、タイトルである「からくりからくさ」というその言葉(模様のパターン)にあります。

  >大事なのは、このパターンが変わるときだわ。
   どんなに複雑なパターンでも連続している間は楽なのよ。
   なぞればいいんだから。
   変わる前も、変わったあとも、続いている間は、楽。
   本当に苦しいのは、変わる瞬間。
   根っこごと掘り起こすような作業をしないといけない。
   かといってその根っこを捨ててしまうわけにもいかない。
   根無し草になってしまう。
   前からの流れの中で、変わらないといけないから。
   ・・・・・・
   ・・・・・・
   唐草の概念はただひとつ、連続することです。
             (p409)
「普遍性」と「変わる」という、この一見正反対の言葉が、「連続する」という言葉の中で溶け合っていく。
今まで読んだ梨木香歩さんの本たちのなかで、それこそ一つの織り模様のように、唐草のように、(強弱を伴って)くり返しくり返し語られるのは、こういうことなんじゃないのか、と思うのです。
水と油のように相反するものを、まるごと一つに大きく抱きかかえようとする。
どのようにして?
変容と言う言葉を使っている。その象徴が竜女。
紀久が蛾の変容を受け入れる場面のなんと感動することでしょう。トラウマのように忌み嫌っていたものから受ける感動・・・抱きしめるイメージはここにあります。
それが梨木香歩さんの本の好きなところ。そして、そういうところにとても惹かれる。だから読まずにいられない。
(お旅所という概念もすごく好きですっと受け入れられる・・・ああ、書き始めたらきりがなくなりそうです。)

さらに、ここ(相反するものの変容、抱きしめ)から、クルド人の世界に飛ぶ。これも梨木さんの必然だったのだろう、と思う。ここにもしっかりと、いや、より強く相反する二つのもの(呪いと祈り、憎悪と慈愛、怨念と祝福)とを包み込み連続させる唐草模様のパターンが表れてくる。

そして、最後に変容のために焔が表れる。なんという思い切ったこと。ここまでつきつめなければいられないのか。これも梨木さんにとっての必然だったのか。圧巻。
二つのりかさん。一つは水に。一つは火に。相反する水と火に。
ここまできて、徹底した物語がおりなす唐草模様に驚きます。りかさんが、からくさの連続するパターンを仕上げるために変容し、忘れられない場面を見せてくれる。
それこそ、過去を踏まえて未来につなげていく、最高の変容。ちょっと想像が及ばない・・・
この圧倒的な場面にただ息を飲まずにいられないのです。

物語は続く。生と死。相反するものの究極である生と死がしずかに現れる。これはどのような変容の先触れなのでしょうか。
マグマを内包する女四人の物語はこうして終わるのですが、梨木香歩さんの唐草は、まだまだ続いていくようです。
いlみじくも紀久のことばのなかに「問題はその次だ。次の展開だ」と言わせている。
書きたい事、感じたことは際限もなくあるのですが・・・
この先、どんなパターンが表れるのか、見続けていきたい、と思います。

あ、そうそう、この感想書きながらやっと気がついたのですが、二つのりかさんのおそろいの着物の柄が「よき(斧)・こと(琴)・きく(菊)」→「よきこときく」→「与希子と紀久」なのでした。びっくり! もう、物語そのものが仕掛けだらけなのに、こんなところにまで仕掛けてくれちゃって・・・
最後のページで聞こえた「春の野を軽やかに転がる風のような笑い声」をわたしも、今たしかに聞きました。