『ちいさな桃源郷』 池内紀(編)

 

昭和33年から58年まで25年間続いた、山の雑誌があった。誌名は『アルプ』。広告は一切なし、随所にこだわった、それは美しい雑誌だったそうだ。
この本には、300号分の『アルプ』に掲載されたエッセイの内、厳選された33篇が収められている。
「『アルプ』は山の雑誌だったが、山をめぐって鋭い観察と深い省察がつづられるとき、おのずと山の雑誌からはみ出した」
「ほんとうの思想がつねにそうであるように、軽やかで、こともなげで、人をとらえても、決して重苦しく呪縛しない」
と編者の池内紀さんは巻末の『「アルプ」のこと』に書いている。
一編一編を一日の終わりのご褒美のように、大切に味わった。
昭和30年代・40年代の山は、急激な経済成長の波にも流されることはなくて、我が道に誇り高くあるように感じる。山を愛する人たちの思いがそうだったのだろうか。それとも、「アルプ」という雑誌に、そういう人たちが集ったのだろうか。
厳選された33篇のうち、ことに気に入ったものをメモしておこうと思う。


『廃屋の夏』(吉田元)
廃墟になった根室の牧場を訪れた著者の手記。無人になって久しいのに「牧場がいきいきと息づいている」のを見て、廃屋の母屋に声をかけずにいられなかったという。過去の日の牧場主の躍動感ある姿と、無人の牧場の静けさとの対比が心に残った。


『峠の日記』(滝沢正晴)
峠の分校は、児童13人。雪深い冬に家から通えない子ども8人が泊る寄宿舎もある。自然の豊かさと過酷さに囲まれた小さな村の先生である著者は、半分よそ者で、半分は村の若い衆でもあったのだろう。先生の目で、子どもたちの日々をいきいきと映し出す文章は温かい。もっと読みたいけれど、これだけしかないのかな。


『四十曲峠』(佐野勇一)
峠道で見つけた、季節外れのがくあじさいは「かたく厚くなって葉脈さえ浮かべて」美しいとはいえない。この「花ならぬ花」を、はかないものと思うところが、好き。


『ちおんばの山』(北原節子
子どもの頃の思い出の山は、一面、真っ赤なちおんば(オキナグサ)の花に覆われていたそうだ。夢中で摘んで遊んだ一日。今もちおんばの花は咲いているのか、すっかり変わってしまっただろうか。「いってみたいような、心の中にそのまま残しておきたいような、山である」


『黒沢小僧の話』(務台理作
黒沢小僧、小豆ばばさ、地ころがし、イズナ。みんな山にいる(のかいないのかわからない)妖怪のような不思議な生き物たち。
北アルプスの岳の名前(常念、大天井、燕、餓鬼、翁など)とあわせて、山全体が、意識のある不思議な生き物に思えてくる。