『遠い声遠い部屋』 トルーマン・カポーティ

 

「ヌーン・シティに行こうと思う旅行者は、今のところ何とか自分で方法を講ずるしかほかに手がない」
ということは、ヌーン・シティという町は、公共の移動手段がまったくない陸の孤島みたいなところなのだ。そのヌーンシティからニ、三マイル郊外にぽつんと建つ館に13歳の少年ジョエルはやっとたどり着く。ここが父の家だ。そして、これからはジョエルの家でもある。
お母さんが亡くなり、ニューオーリンズの叔母の一家と暮らしていたジョエルだったが、彼が物心つく前に別れた父から、一緒に暮らしたい、と手紙が届いたのだった。父は交通費として充分なお金も送ってくれた。


ジョエルを迎えたエミリーおばさん(父の後妻)と、優しいランドルフ(エミリーのいとこ)は、いつまでたっても父に会わせてくれない。父は重い病気なのだ、という。(待ちかねていたはずの息子に会えないほど重い病気なら、とうやって手紙を書いたのだろう)
この家にはいろいろ気味の悪いことがある。
エミリーのそっけなさもランドルフの優しさも、何かを隠して、不気味な感じだ。


息詰まるような閉塞感。
あるのは、家の「中の世界」と、子どもの彼には手が届かない「外の世界」だ。
近くに住む男の子のなりをした自由奔放な少女アイダベルは、町の大人たちの顰蹙を買うが、まさに「外の世界」の象徴みたいだ。ジョエルの淡い恋心は、アイダベル本人、というよりも、彼女がまとう奔放さへの憧れなのかもしれない。


「溺れ池」のほとりの廃墟と化したホテルには、黒人呪い師がひとりで住んでいる。
彼は「ずっと前に一度逃げ出したことがあったが、そうするとたちまち遠い声が、遠い部屋が、失われ遠くかすんだ声が、彼の夢をかき乱し」そうして、舞い戻ってきたのだという。


館の二階のランドルフの部屋にあるさまざまなコレクションのなかで、ジョエルが気になるのは、美しい鳥の剥製。この鳥は飛ぶことができない。


舞い戻った呪い師も、飛べない美しい鳥も、ジョエルの姿に重なっていく。


不気味な閉塞感の合間に、ちらちらと見せられる(決して手にいれることのできない、でもかつては間違いなく自分のものだった)外の世界の思い出は、弾むような美しさだ。(ジョエルとアイダベルが過ごす森や川も、友だちと駆け回っていたニューオーリンズの町角も、かげろうのように現れるいつかこの地をかけまわっていたはずの名も知らない子どもたちの姿も)


大人になることの一面の、とってもシニカルな比喩なのだろうか。
大人の望むように成長することを拒否して飛び出した子どもはそのまま飛び去ることはできないのだ。
飛べない鳥になることを辛いと思うことを忘れる。彼をひきもどすのは、やはり、遠い声、遠い部屋、なのだろうか。
小癪な小僧が、気持ち悪いくらい大人しくなったね。