『あなたの知らない、世界の稀少言語』 ゾラン・ニコリッチ

 

歴史のなかで、様々な理由で人類は絶えず、ある地域から地域へと移動してきた。
「こうして人が移動することによって国家が誕生し、国境が書き換えられ、民族は混ざり合い、それに従って、彼らが話す言語も混ざり合った」
……川の流れが目に浮かぶ。水に運ばれ、あちこちに移動する砂粒のように、人と一緒に言葉も混ざり合い、置き去りにされる様を想像している。
川のなかほどに取り残されたまま細々と小さな中洲を築き、植物を生えさせる粒もある。稀少言語って、そんなふうだろうか。
目次をみると、気が遠くなる程たくさんの言語が並んでいて、稀少って……こんなにあるのか、とびっくりする。


言語学者ではない著者が世界の稀少言語に興味を持ったのは、彼が生まれ育ったのが、セルビアのゴルニ・ミラノバツという町で、相互理解不能な四つの言語(セルビア語、クロアチア語ボスニア語、モンテネグロ語)と幼いころから身近に接していたことによる。


現在使われている世界の言語は約7000種類だそうだ。
まずは、「他の語派、または語族全体との系統関係を認めることのできない言語」を「孤立した言語」と著者は呼ぶ。
たとえば、ネパールのクスンダ語は、主に農耕民族であるネパール人のネパール語に対して、まとまって住む狩猟民族クスンダ人の言葉。同じ国のなかにいても、生活の仕方や共同体のあり方が違うために孤立した言語だ。
ブルシャスキー語は、ネパール。ヒマラヤの標高2500メートルの谷間に住まう人たちの言葉。外界との交流が難しい閉じた土地の言葉。
クック諸島のプカプカ語の発祥の地は絶海の孤島プカプカ島とのこと。色をあらわす言葉が四種類しかなく、その四種類は、タロイモの根の断面に現れる色なのだそうだ。
インドの北センチネル島の人々は排他的で、インドの法律に守られて、島は超然と孤立している。そこで語られる言語は(風習も)外の人間には窺い知ることもできない。
ニューギニアには1000以上の言語が、オーストラリアには300の言語が存在するそうだ。風習や宗教の違いによるものだけれど、これらの言語の境界は近年あいまいになり、少なからぬ言語が消滅の危機に瀕している、という。


実は、わたしたちの日本語も、最近まで孤立した言語、と言われていたそうだが、いまは、琉球語八丈語八丈島や大東島で話される独特の語彙を持つ島言葉。初めて知った!)などと合わせて、日本語族を構成する言語の一つ、とみなされるそうだ。
それからアイヌ語(だけではなくアイヌの風習や生活様式も)が、19世紀の日本の政策により、一時は絶滅の危機にあったことも書かれている。


言語島という言葉もおもしろい。
言語島とは、「ある言語が話されている地域にあって、その言語よりもかなり話者数の多い1つ以上の言語に囲まれているところ」だそうだ。
言語の海に浮かぶ言語の島だ。
人の移動により、言語が飛び地したような、例えばドイツ語の言語島が、ヨーロッパやアメリカだけではなく、ロシアやアフリカにもあることにびっくりしてしまう。
話者がたくさんいるドイツ語が、その地では稀少言語になってしまう。さまさまな理由により(時には望まない旅もあり)世界各地に歩を進めていった人々に思いを馳せる。


その言語にまつわる祭りや民族衣装、建物、町のカラー写真もふんだんで、写真を眺めていると、聞いたこともない言語が、生きた生活の言葉に変わっていく。
その言語がそこに生きのこっている事情を知ることは話者の先祖たちの来し方を知ることでもあり、この地球を歩いてきた人たちの足跡をたどるための大切な手がかりでもある。