『おとうさんのちず』 ユリ・シュルヴィッツ

 

絵本作家ユリ・シュルヴィッツは1935年、ワルシャワに生まれた。四歳のときに、ワルシャワは大空襲でめちゃめちゃになった。何もかも失った家族は、町を出た。中央アジアトルキスタン(今のカザフスタン)で六年暮らしたあと、フランスのパリ、イスラエルに移住した。
この絵本に描かれているのは、トルキスタンに住んでいたころのことで、「ぼく」は四歳から五歳くらいだったそうだ。


「ぼく」の家族は、他所の夫婦と一緒に、小さな部屋で暮らした。
おもちゃも本もなかったし、たべるものもたりなかった。


ある時、おとうさんは、パンを買いに市場へ出かけたが、持って帰ったのはパンではなくて、おおきな地図だった。
ぼくたちはまずしかった。もし、おとうさんが地図ではなくて、わずかばかりのパンを買ってきたとしても、おなかをだますたしにもならなかっただろう。
ぼくは空腹のまま石のねどこに横になり、おなじへやの夫婦がものを食べる音を聞かずに済むように毛布をかぶった。


せめて子どもにだけでも、わずかでもいいから食べ物をおなかにいれてやりたい、と思うではないか。
何を置いてもまずパンを。そんな状況に、パンと地図をなぜ秤にかけられるだろうか。


だけど、おとうさんが壁に地図をはったときから、「ぼく」は、地図に夢中になる。
色々な色に塗り分けられた国々、いくら見ても見飽きない、見知らぬ地名は、「ぼく」の想像の世界を大きく広げる。
この絵本の絵も変わってくる。色があふれ始める。
ページがぐんと広がる。匂いがする、声が聞こえる。近く遠く。
縦横ななめを越えて、それこそ無尽の空間を、「ぼく」は自由に飛び回る。
「ちずの おかげで ぼくは ひもじさもまずしさも わすれ、
 はるか とおくで まほうの じかんを すごしていた」


お父さんは、この家に、そして「ぼく」に、本当は何を持ちかえったのだろう。


おとうさんの地図は、豊かに広がり続け、90年も後のわたしたちの目の前にも、「ぼく」ユリ・シュルヴィッツの筆を通して、ひろがっている。