『(新編) 物いう小箱』 森銑三

 


今だったら今だったらショートショートと呼べるかもしれない44篇だけれど、そういう呼び方は相応しくない気がする。
「嵩山の裡に、蔦かずらの這い纏うた、ささやかな庵を結んで、一人の老僧が行いすましていた」
というような文章でつづられた物語には。
深い森の匂いがしてくるような、水の流れる音が聞こえてくるような。涼やかな湿めりけを感じながら読む、一篇一篇が、上質の小品だと思う。
二部構成で、「一」は日本が舞台。おもに旗本や侍がいたころのもの。「二」は中国が舞台。多分民話や説話などから題材をとったもの。


ふいに猫が言葉をしゃべる。跳ねるように追いかけてくる提灯小僧。美しい女が首から外して膝の上に置いた頭は嫣然とほほえむ。
ぞっとすると同時に、そこはかとないユーモアを感じる怪談。
この世に思いを残して逝った人や、遺された人々の思いが悲しい、幽霊の話などもある。
ほどほどの涼しさの怪談は、小さな余韻は残るものの、恐ろしさがあとをひかないのがいい。


屏風や壁画の不思議な話。
絵の中から人が出たり入ったり。描いたものが本物になってしまう絵筆。絵の中の美女をお嫁さんにもらう話もあり、絵から抜け出して夜な夜な果し合いをする勇士たちもいる。
夢のお告げや、仙人(だったのだろうな)の話もおもしろい。


掏摸や泥棒、詐欺師たちの物語がいくつか。
どれも豪快で鮮やかな手腕に畏れ入り、騙されても爽快だった。


気を持たされ、ちょっとハラハラしながら読んだはずの物語が……なんだこの肩すかしは、と思いつつ、ほっとしてほのぼのと笑う。
その名も『気の抜けた話』がよい。今頃、何も知らずに朝餉中の夫婦に幸いあれ、と思う。


好きなのは『弟子』 深山に隠れ住む老僧のところに、一人の子どもがやってきて弟子にしてほしいという。こんな山奥に一人でいる子どもは……。さあっと畳んでいく最後の数行の美しさが心に残る。