『岩波少年文庫のあゆみ 1950-2020』 若菜晃子

 

 

岩波少年文庫が誕生したのは1950年のクリスマスだった。
創刊にあたって中心的な役割を果たした編集者の一人、石井桃子は、後に、こういっている。
「子どもの本をつくるというのは、大人の本をつくる二倍の時間と神経を使うものだと思いました」
この言葉だけで、少年文庫がどんな文庫であるかよくわかる。
「とにかく二十年たった今も売れています」
1974年の言葉だけれど……二十年ですって?
とんでもない。
とうとう七十年だ。
はじめて刊行された五冊、『宝島』『あしながおじさん』『クリスマス・キャロル』『小さい牛追い』『ふたりのロッテ』(『宝島』のみ、後に新訳が出ているが)を手にとってみれば、七十年も前の本だなんて信じられない。
私が小さいころ楽しんで、私の子どもがちいさいころ楽しんだ。そしてたぶん、孫もいつか楽しく読むだろう、と思うのだ。古典だなんて知らず、ただ楽しみに読むことだろう。


岩波少年文庫が辿ってきた歴史や役割、物語、挿絵、翻訳の妙味を、関わってきた多くの人々(錚々たる!)が、それぞれ語る。
メモした言葉は山ほどある。
取り上げられた本のうち、読んだことのある本なら、そんな読み方があったか、と思うし、読んだことのない本なら、気になるし、いずれにしても、読みたい、読まなくちゃ、と思う、うれしい読書案内だ。
もう残りの人生を岩波少年文庫だけを読みふけって過ごしてもいいくらいだと思う。(うそです。でも、一瞬、ほんとうにそれもいいかも、と思った)


テーマごとに、いろいろなこぼれ話を集めたコラム(表紙の模様、マークの作者、おいしい少年文庫、おまけ、などなど)も楽しいのだけれど、その中の一つ、「タイトルに見る少年文庫」は、少年文庫のタイトルによく使われる言葉を、多い順に十語あげている。
いわく「冒険」「魔法(魔法使い、魔女、魔術師)」「旅(旅行・旅人)」「家」……
眺めているだけで、ワクワクしてくる。これらの言葉は、まるで、子どもの本の代名詞。読者が、現実以外の場所に打ち立てたい自分だけの秘密の楼閣でもあると思うのだ。


「……特に紙の本が滅びるといわれてひさしい時代だが、いつの時代も、例えばテレビが出現した時も、同じように大人たちは悩んできた。けれども本は滅びなかった」
もう岩波少年文庫の話だけではなくなる。「本は滅びなかった」という言葉が心地よいファンファーレのようだ。
そして、本が滅びないのは、細やかな神経と長い時間とをかけて、自信をもって本をこの世に、読者たちのもとに送り出してくれた、多くの作り手たちのおかげなのだ。
「少年文庫に収められた作品は、作家、画家、翻訳家、編集者、どの人も、自分の人生の時間を使ってひたむきに成し遂げた仕事であることが、私がこの本を編集、執筆していて、いちばん強く感じたことであった」
七十年(もっと!)変わらずに読まれ続けられるような本を送り出してくれた人たちの仕事に感謝して、きっとこの先も「本は滅びない」って、うれしく信じる。