『あの湖のあの家におきたこと』 トーマス・ハーディング(文) ブリッタ・テッケントラップ(絵)

 

あの湖のあの家におきたこと

あの湖のあの家におきたこと

 

 

ドイツ、ベルリンの町はずれにある湖のほとりに、一軒の木の家が建っている。
今から百年近く前に医者の家族が建てた家だ。
この家族から始まって、現在の持ちぬしに至るまで、五組の家族が住んだが、そのほとんどは、不本意な形(戦争、差別、迫害、分断)で、家を後にしないではいられなかった。それこそ身を裂かれるようにして。


木の家は美しい。
人がここで伸びやかに暮らしているとき、家は一層美しく、そして心なしか誇らかに見える。
もしも、「家」に心があるならば、ここに人がすむこと、誕生し、成長し、死を迎え、次世代へと暮らしが平和に受け継がれていくことが、「家」の喜びであり、幸せなのだ、と思うことだろう。
そのサイクルを見守りながら長い年月をかけてゆっくり老いていくことを望んでいるのだろう、と思う。
だから、もし、家に人の気配が消えて、ただ傷んでいくままになったなら、それでも立ち尽くしていなければならないなら、家はどんなに不幸だろう。


わたしは、ヴァージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」を重ねていた。
これは、きっと、もう一つの「ちいさいおうち」。
これは、きっと、ほんとうにあった「ちいさいおうち」の物語で、ほんとうのお話は、この絵本のページの外にまではみだすたくさんの物語を抱えている。



「もの言ぬ市民が
 もの言ぬ社会をつくる手助けをする。
 そして、もの言えぬ家までもまた、
 戦争にまきこんでしまう」
表紙カバーの見返しに書かれた言葉の一部だ。
この続きには……これが昔あった話である、というだけではなく、今もこれからも起きうる話だ、と書かれている。