『秘密の道をぬけて』 ロニー・ショッター

 

秘密の道をぬけて

秘密の道をぬけて

 

 

真夜中に、家の前に馬車が止まる音がする。
この家の10歳の少女アマンダは、目をさまし、階下におりていく。開け放たれた扉の向こうでは、父と知らない人とが、馬車から、いくつかの大きな麻袋をおろしているところだった。
袋のなかから現れたのは、黒人の一家だ。


1850年のころ。南北戦争の十年ほど前のことだ。
逃亡奴隷を、自由の地カナダに逃がすために活動していた秘密組織がある。この組織は実在していたそうで、約四十年の間に、十万人にのぼる奴隷たちを逃がすことに成功したそうだ。
彼らは「地下鉄道」と呼ばれ、道中、逃亡奴隷をかくまって休ませる「駅」(宿)を提供する「駅長」と、次の駅まで送り届ける役割をもつ「車掌」とで、なりたっていた。
アマンダの父は、駅長だったのだ。


秘密を知ったアマンダは、父(と母)の仕事を手伝う。
すぐに追手が迫ってくる。
好奇心旺盛、想像力豊か、しかも抜群の行動力を持つアマンダ。ただ、世間を知らないことや、ときどき衝動的であることなどが、二つの家族を危機に陥れたり、一方で、思いがけずの救いになったりして、気が抜けない。


逃亡奴隷アイザック一家に対する父と母のもてなし方が素敵だ。尊敬する友人を迎えるような風情で。
つかまったら、奴隷の逃亡を助けた父母は、重い刑に処せられるのだ。それでも、良心に従って行動する人たちの勇気に打たれる。
奴隷など見たこともないアマンダだったが、自分と同い年の少女ハンナと仲良くなり、ハンナのこれまでの過酷な暮らし、家族とともに逃げ出した事情、などを知り、ショックを受ける。
人が人を所有すること、されることの言葉にならないほどの理不尽さ、残酷さ。
印象に残るのは、ハンナがふと見せる横顔の高貴さだ。彼女が生まれながらに持っていた、内なる魂には、誰も手をつけることができなかったのだ。
アマンダが、ハンナにアルファベットを教えようとする場面も心に残る。ハンナはとても読みたかったのだ。
わたしは、物語の中のふたりに、「F」が、自由の「F」であると同時に友だちの「F」であることを、教えられた。ただの符号でしかなかった文字が、使う人によって、美しい意味をもち、光を放ち始める。