『イル・ポスティーノ』 アントニオ・スカルメタ

 

イル・ポスティーノ (徳間文庫)

イル・ポスティーノ (徳間文庫)

 

 

この本は、映画『イル・ポスティーノ』の原作とのことですが、映画とこの本は、内容も舞台も、かなり違っているそうです。(映画もとてもよい、と聞いています)


この村に住む17歳の少年マルコ・ヒメネスが、郵便配達夫の仕事を得る。
村のはずれの高台に住むパブロ・ネルーダに、毎日、大量の郵便物(人が嫌がる重さ!)を届ける専門の配達夫としてである。
ネルーダはチリの有名な詩人。共産党員で、政治家でもあった。


マルコは漁師の子だけれど、親の後を継いで漁師になるなんてごめんだった。
怠け者で、要領がよくて、ずうずうしくて、あきれるほど過剰な自意識の持ち主だった。


マルコは配達先に続く急坂も、郵便物の重さも苦にならなかった。
彼は詩など興味がなかったが、ネルーダの詩集を買って持ち歩いた。毎日の配達のおりに、ちょいとネルーダが「親友(!!)」のマルコのためにサインをしてくれたら、村のなかで一目置かれるんじゃないか、女の子にもてるんじゃないか、そんな下心があったのだ。軽い男である。


主人公を持てあましながら読んでいけば、なんと彼は、ほんとうにネルーダにサインをもらい、ほんとうに友だちになってしまうのである。自分の結婚式の立会人まで頼んでいる!


二人を結び付けたのは詩だった。
無教養のマルコではあったが、彼が何気なく口にした言葉のなかに「詩」があるのをネルーダはみつける。
隠喩ってなんだろう、詩ってどういうものだろう、マルコは尋ね、ネルーダは答える。答えながら、この粗野でずうずうしい青年から思いがけず零れ落ちる言葉に、詩人は耳を傾けてもいるのだ。
やがて、マルコは、ネルーダを「先生」と呼び、崇拝するほどになるのだ。
マルコは、詩人になりたいと考えるし、政治家としてのネルーダの活動には(本当は意味がわからなくても)一もニもなく賛同し、応援する。


チリが激しく動く1970年代。政権が右に左にと動き、その後、クーデターが起こり、軍部独裁の時代がやってくる。
その間、折あるごとに、村に、議員の黒いフォードが現れる。降りてくる男は、その時々で目的が違うし、その時々で言う言葉も違う。ただ、いつどんな目的で訪れた際にも、慇懃な笑みが顔に張り付いている。その顔が、藤子不二雄描く、笑うセールスマンの顔に見えて。ものすごく不気味だった。
不気味な笑顔は、ひっそりとやってくる。そして……


マルコが、村に帰れないネルーダのために(仕事をサボって)ソニーのテープレコーダで、次々に録音したこの村の音は、風景を蘇らせ、匂いや味を感じさせる。音には詩があった。