ことばの食卓

ことばの食卓 (ちくま文庫)ことばの食卓
武田百合子
野中ユリ 画
ちくま文庫
★★★


枇杷、牛乳、キャラメル、お弁当・・・
食べ物にまつわる思い出を語るエッセイです。ひとつひとつの食品名を見れば、おいしそうな名詞ばかりなのですが、このエッセイからは、「おいしい」とか「食べたい」とかの気持ちはまるで湧いてきません。
食べ物をめぐりながら、その周辺の人たちとの関わりを中心に、思い出の中の、なんとなく気味の悪いような、居心地の悪いような感情、あるいは、どうってことない一瞬の、気に留めなければ忘れてしまえることではあるけれど、気になるとなるとなんとなく不安な、そんな瞬間、そんなものを切り取って見せる。リアルであるのにすごくシュールだと、感じる。そして、野中ユリさんの不思議なイラストがよく似合う、と思う。

正直だなあ、と思う。わたしだったら、そんなこと思い出したくない。思い出したとしても、だれにでも見えるところに文章にしてさらしたくないことばかり。

『続牛乳』がわたしには一番印象に残ります。
戦時中。病気の父のいる家。
牛乳を届けてくれる同級生の女の子山本さんのお話。どこまで親しい、とか書かれているわけではないけれど、一緒に歩いたり、取り留めのないような(当たり障りのないような)会話をしたり、それから去っていく彼女を駅に見送る。そんな話が淡々と語られる。
彼女が去ったあとに牛乳を一人で飲む。こぼれた牛乳を犬がなめる。通りすがりの人のことまで丁寧に書かれる。このていねいさ、静けさがなんだか不安だと感じる。そのすぐあとにこのような文章が来て、この章は終わる。(ある意味ネタバレになってしまいますので、白字で書きますので、読まれる方は反転お願いします)

>山本さんと牛乳とわたしの関係をこうやって思いたぐってみたら、沈んだ気持ちになった。牛乳をだまし取った上に、いじめたのだ、と思う。山本さんは二十五歳にならないうちに疎開先で死んだ、と聞いている。
びっくりしました。そんな話ではなかったから。いきなり、これで、しかも状況の説明いっさいなし。でも、これを書くことが百合子さんの良心であったのだろうと思う。だれにでもできることではない。この最後のページによって、日常がいきなりひっくり返される。そして、エッセイとしての完成度も、ぐぐんとあげているのを感じます。見事すぎます。

それが、『お弁当』の最後のおいらんのがーっというあくびだったり、『雛祭りの頃』の家ダニだったり、『誠実亭』の見知らぬ人からの突然の親しげな声賭けだったり、『夏の終わり』のオムレツの思いがけない味だったり・・・しらしらと続く文章を一瞬でぐるんとひっくり返して、こちらの横っ面をぴんと張って、呆然とさせて終わらせるこのエッセイたちはいったいなんだろう。
後味がよいわけではないのに、魅力的で、忘れられない文章になっている。