『死が最後にやってくる』 アガサ・クリスティー

 

 

この物語の舞台は紀元前二千年頃のエジプト、ナイルの河畔のシーブス(いまのルクソール)。
墓所僧侶の家庭で、事件は起こる。
ワンマンな当主インホテブが、北方の旅から、若く美しい愛妾ノフレトを伴って帰ってきた。
彼女の悪意に、インホテブの子どもたちやその連れ合いは翻弄され、アンバランスながら均衡を保っていた家は、いまにも崩壊しそうだった。
そして、事件が起こる。インホテブの留守に、ノフレトが谷間に落ちて死んでしまう。
死因に疑わしい点はあったものの、彼女の死は、一家に平和をもたらすだろう、と誰もが思っていた。ところが、ここから死の連鎖が始まる。
短い間に、一人、二人、と次々に殺されていく家族たち。不信感と恐れが家族の間に広がっていく。
残された人々それぞれの胸に去来する思いが恐ろしい。死人が増えるごとに、人の心模様が、どんどん濃淡はっきりしてきて不気味な感じだ。


これ、クリスティーのミステリだよね。
物語の思いがけない時代と舞台に驚いたけれど、読んでみれば、人々の思いや行動に、現代も過去もないのだった。起こる事件も。
愛と憎しみ。相反するものなのだろうか、双子のようによく似たものなのだろうか。
ほとんどパニックになりそうな事態のなかで、育つ明るいものもある、見えてくる真心もある。
それらは読み終えてみなければわからなのだけれど……


そして誰もいなくなった』をちょっと思い出させる。
どの登場人物も犯人でありうるし、次の被害者になりうる。誰もが「次」があることを知っている。
時には、えっ、この人物をここで退場させるのか、惜しいじゃないか、と思ったりもする。
ある人にとっては、この物語は、成長の物語であり、愛を見出す物語でもある。陰湿な事件が続くなか、その細やかな描写が涼やかで印象的だった。
それから、賢い老女も心に残る。クリスティーの賢い老女といえば、思い出すのがミス・マープルだけれど、こちらの老女はかなり強烈な押し出しである。人を見る目があり、相手が隠しておきたいような暗部について、ずけずけものを言う、一見、避けて通りたいような老女である。礼儀もないし、時には意地汚い様子も見せるのだけれど、その気品は隠しきれない。
マープルさんといっしょにいるところを見たいな、とちらっと思うのだった。
そして、胸のうちの暗い思いにエサをやり、ひたすらに育ててきた人の、不幸な人生がやるせなく心に残る。