『二重のまち/交代地のうた』 瀬尾夏美

 

二重のまち/交代地のうた

二重のまち/交代地のうた

  • 作者:瀬尾夏美
  • 発売日: 2021/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

「ぼくの暮らしているまちの下には
お父さんとお母さんが育ったまちがある
ある日、お父さんが教えてくれた」


『二重のまち』の始まりは、こんなふうだ。
詩のような、祈りのような、ひとり語りのような、物語が、四つの季節に、四人の語り手によって、語られる。
巻末のエッセイ『二重になるということ』に、こんなふうに書かれている。
「この物語は、復興工事に伴う嵩上げが盛んであった2015年の陸前高田で、かつての町跡が失われていく過程を眺めながら、いつかこれが見えなくなっても、かつてのまちやその営みを想像するための細い糸が欲しいと思って書いたものだ」
自宅跡、慣れ親しんだ道、その後の弔いの花畑が、閉鎖され、埋まって行く様子を「第二の喪失」と呼んで「復興」工事を見守っていたまちの人たちの気持ちも、書かれていた。
「いまとなればまちは淡々と日常を営んでいるけれど、かつての記憶を持つ人びとは、現在の風景の中で暮らしながらも、ふとした瞬間に過去のことを想起している」
広島の物語(今、読んでいるところなので)を思い出していたらやはり。「それは広島の物語ですよね」と言われたそうだ。
著者は、広島の平和公園でボランティアガイドをする老人の話を思い出す。「平和公園はきれいでええですねえなんて言われるけどな、ここにはまちがあったんよ」
著者は、民話の語り継ぎにも触れている。「東日本大震災の後を生き抜く誰しもに、物語が必要なのかもしれない」という言葉に、「継承」の意味を考える。


『二重のまち』『交代地のうた』は、このまちで生まれ、育ち、生活していた、たくさんの人たちの思い(生きているひと、亡くなったひと)の結晶のようだ。
「復興」という言葉が、こういう物語をしっかり抱き込んでいてくれたら、


いいえ、『交代地のうた』で、町で人びとを訪ね、話を聞いていた、あの「若い女の子」のように、わたしも「聞くことはできるけれど、わかることはできないんです」
わかったようなことは、何も言えないけれど、せめて、聞かせてもらいたい。
下のまちが抱いているたくさんの物語を。
生まれ始めている上のまちの物語を。
二重のまちの物語を。