『いかさま師ノリス』 クリストファー・イシャウッド

 

 

1930年、ベルリンへ向かう電車で、ウィリアム・ブラッドショーが出会ったのは、見かけは立派、ひとかどの教養を語る、でも何やら胡散臭いアーサー・ノリスという男。
以後、親しい交際が始まり、お人好しのウィリアムは、(その怪し気な様子にさえ惹かれて)ノリスに魅了されていく。ノリスが交遊するワケありげな人たちや、怪しげな集会も含めて。
ウィリアムは利用されているのではないか、と読んでいて、はらはらしてしまう。
ノリス、本当はいったい何をやっているのか、時々怯えているのは、何に対してなのか、さっぱりわからない。いかさま師であることは間違いないけれど。
ウィリアムは何に巻き込まれているのか、いないのかも、なかなかわからない。
いやいや、ウィリアムも、この付き合いが危険なことは、わかっている。それでも、ノリスには、紛い物なりの独特の求心力があった。


ワイマール文化咲き誇るベルリンの表と裏と。
ひっそりと力を蓄え、台頭すべきときを待っているナチス
共産党大会の、労働者たちの熱気。
さまざまなものがごった返す坩堝のような大都市は、退廃的なイメージだ。
闇のなかから不気味なものがもうすぐ生まれでる。その狂った陣痛のリズムに乗ってベルリンは揺れる。


大都市の街路から街路を、ときどき国をまたいで、道化師がひらひらと踊り回っている。道化師はノリスだ。
強い力に押されて、みんな揃って暗いひとつの方向に向かってずるずると進んでいく時代に、ひとり横歩きしているノリスは、不気味で滑稽だ。図々しくて、したたかだ。だけど、奇妙に輝いている。
そんなはずはないのに、一瞬、それが何かの希望であるかのように思えた。