『イングランド田園讃歌』 スーザン・ヒル

 

イングランド田園讃歌

イングランド田園讃歌

 

 

バーリー村のムーンコテージは、美しい小屋とはいえなかった。最初はむしろ、みすぼらしく見えたという。
でも、コテージの草だらけの広い庭には、魔法の林檎の木があった。
かしいだ階段のどの踊り場からも田園が見渡せた。その先の牧草地も、さらにその先に広がる湿地も。
著者一家はこの小屋に移り住み、家畜を飼い、畑をつくり、村の一員になった。
何も言わなくても、ちゃんとわかった。そのとき、ムーンコテージは、もう、みすぼらしい小屋ではないどころか、愛しい我が家なっていた、ということが。


冬のストーブ用に薪を届けてくれる無口なアッシュからのクリスマスプレゼントは、いつもの薪に挟み込まれて桜の薪一本。えも言われぬいい香りをコテージ中に漂わせて燃えた。
春の朝、まだ眠っている村を自転車で行く楽しみと、一日の最高の時が終わる日の出の時。
照りつける夏、気持ちのよい木陰を作ってくれる魔法の林檎の木の下で、家族三人、腰かけて一息つく午後。
双子のトゥーミー兄弟の林檎酒は、怖ろし気な噂を混ぜこんで、すごくおいしい。
秋の終わりの夜、細い月だけが照らす林檎の樹の下にひっそりと訪れたアナグマ


四季といったら、春夏秋冬、たいてい春から語り始めることが多いと思うけれど、この本は冬から始まる。
風と雪に閉ざされ、外仕事はほとんどなく、人と会うことも少ない季節、家の中のぬくぬくとした温かさにほっとし、外闇から訪れる神秘的な気配を喜ぶ……もしかしたら、いちばん充実した時間を堪能できる時なのかもしれない。
どの季節について書かれた文章もそれぞれに心に残るが、やがて、訪れる春を待ちながらの冬の美しさはひときわだ。


長いこと、ページを行きつ戻りつしながら読んでいたこの本のことをそろそろ書いておきたい、と思った。
近所の人たちの事、作物や家畜のこと、森からやってくるお客のこと、移り変わっていく自然や季節ごとの行事、家族のこと、収穫と料理……
どのページを開いても、ちょっとそこの隣村、という感じで、バーリー村、ムーンコテージを訪れることができる。
こんな感じの隠れ家的な本が一冊、手許にあるっていいものだ、と思う。