『海と山のオムレツ』 カルミネ・アバーテ

 

海と山のオムレツ (新潮クレスト・ブックス)

海と山のオムレツ (新潮クレスト・ブックス)

 

 

15~18世紀にかけて、オスマン帝国の圧政から逃れてきたアルバニア人たちによって築かれた村アルバレッシュは、イタリア半島からシチリア島、とりわけカラブリア州に多く点在する。
代々受け継がれてきた伝統と文化と、アルバレッシュ語を守り暮らしてきた子孫たちは、合わせて十万人いるそうだ。
著者もそのひとりである。
18の連作短編は、アルバレッシュとともにある著者の半生の物語なのだ。


アルバレッシュの伝統的な家庭料理がたくさん出てきた。
料理の名前も、食材も、料理方法も、聞いたことのないカタカナの羅列で、正直、ちっともわからないのだけれど、それだから、なんだというのだろう。
祖母や母をはじめとした料理人たちが自信をもって披露する秘伝の手順、そして、料理を堪能した人は、指の先まで舐めて幸せになる。それを読む、それだけで充分ではないか。
彼らの料理は、大勢で味わうもので、各戸の訪問者は必ず尋ねられる。「いっしょに食べていったら?」
人々にとって客をもてなすことは神聖なことなのだという。
料理をおいしくするスパイスは、そうした人々の輪である。そして、広がる風光明媚な景色も。
 

一握りの有力者によって搾取され、不平等に押しつぶされていた村の人々は貧しくて、著者の父は、ドイツに出稼ぎに出かけて行くしかなかった。息子に教育を受けさせるために。
父の夢は、息子が生まれ故郷で教師になることだったから。
著者は、高校に通うために、生まれ故郷の町を離れた。
大学を卒業したあとは、教師になったが、故郷には戻らなかった。
戻らなかったけれども、きっと、故郷はいつでも彼といっしょだったのだ。懐かしい味とともに。
ドイツで暮らした父が、いつでも故郷を思っていたように。


大勢の人々と囲んだテーブル、そのときどきの料理の思い出は、鮮やかだった。
食べる思い出は、ほかの思い出も連れてくる。
それは感傷とは別ものだ。過去は現在と繋がっているのだから。
料理の乗ったテーブルの向こうに、はるかな時代をたゆまず歩いてきた先祖たちの姿が見えないだろうか。
たぶん伝統とか文化ってそういうものなんじゃないか、と思う。


両親の生活はしんどかったはずだ。著者の人生も着々と、とはとても言えなかったはずだ。
だけど、美味しい料理から綴られる物語は、なんだか明るい。美味しいものを前にして苦い顔をしてはいられない。


始まりは、幼い著者が抱えた祖母の「海と山のオムレツ」だった。彼の大好物だった。
美しいアリーチェ岬から臨む海と空のなかにオムレツが溶けていくような鮮やかな思い出の風景。
それは戻ってくる。長い時間を経て。やはり、アリーチェ岬の海と空の中だ。
祖母のこしらえた「クツッパ」を抱えた息子のミゲーレの姿が、幼かった著者の姿とだぶる。
その鮮やかさに、思わず、声をたてて笑いたくなる。