『魔術の殺人』 アガサ・クリスティー

 

 

 

スタニーゲイトは、篤志家のルイス・セロコーストと、夫人で富豪のキャリー・ルイズの屋敷で、非行少年たちの更生施設でもある。
ミス・マープルは、キャリイ・ルイズの寄宿学校時代からの友人だが、彼女がこの屋敷に客人として身を寄せることになったのは、キャリイ・ルイズの姉ルースに、妹の様子を見に行ってほしいと頼まれたからだ。
変わった境遇ではあるが、理想家の夫をはじめとする家族に愛されて幸せに暮らしているキャリイ・ルイズ。だけど、「なんだか普通でない印象をうけたのよ」とルースは言うのだった。
久々に再会したキャリイ・ルイズは、(マープルと同じく)年をとってしまっていたが、その仕草や表情には、少女時代の面影が残り、相変わらず優しく可愛らしい人だった。


キャリイ・ルイズの家族の名前や関係を覚えられずに参った。彼女は過去三回結婚し、その時に得た家族(実子、養子、孫、連れ合いの連れ子)や、使用人たち(友人としての)と一緒に暮らしていたのだ。


それから、ルースが言っていた「普通でない印象」は、最初から感じた。広大な屋敷と、門の内側の荒れた庭との、ちぐはぐさが、まずは不安をかきたてる。
ここは、世間と外れた独特の秩序と法則で動いているような感じがあるが、そのことも落ち着かなくさせる。
やがて殺人が起こるが、わたしは、犯人やトリックが明らかになったときより、殺された人の思いがけなさに驚いてしまった。


ミス・マープルは、ここで起きた出来事を魔術にたとえる。わたしたちは、舞台のうえで繰り広げられる魔術を見ているのだ。だけど、見せられるままに、驚いているわけにはいかない。魔術師が何を隠したくて、何に観客の目を引き付けているか、しっかり見極めなくてはいけないのだから。


それにしても、極められた理想が住まうところには、ちょっと怖じけてしまう。
この屋敷がまとう、ただならない感じは、その気高さにあるのではないか。
少し汚れが混ざったほうが、暮らしやすいのではないか。
事件は解決したのに、この家を家庭と呼ぶことにためらってしまうのは、そのせいかもしれない。愛情はたっぷりあるのに。
ただ、この家から離れていく人たちに、ほっとして、幸多かれと祈っている。