『あしなが蜂と暮らした夏』 甲斐信枝

 

あしなが蜂と暮らした夏 (単行本)

あしなが蜂と暮らした夏 (単行本)

  • 作者:甲斐 信枝
  • 発売日: 2020/10/20
  • メディア: 単行本
 

 

ある晩春の日、京都市郊外のきゃべつ畑で写生する絵本作家の甲斐信枝さんのまわりを、何匹ものあしなが蜂がとびまわっていた。あしなが蜂は、「青むし狩り」をしていたのだ。餌となる青むしをみつけ、つかまえ、「だんご」にして運んでいく様子には驚くばかり。こんな様子は見た事がない、というよりも、小さな蜂が畑で何をしているかなんて興味を持って眺めたことなんかなかったなあ、と思い至った。
ここから始まるあしなが蜂三昧の夏。
緻密な観察の記録だ。今まで全く知らなかった蜂の暮らしや行動は、驚くことばかりだ。
この本は、やさしい科学の本とも呼べそうな気がするが、そういってしまうと、なんだか損したような気分になる。
これまで、甲斐信枝さんの絵本は、身近な小さな生き物たちを描いてきたが、それは、かちっとしたボタニカルアート(標本画)ではなくて、その生き物(植物や虫たち)のまわりの空気を感じさせてくれた。広がりをかんじていた。
この本も、そういう甲斐信枝さんの絵本に似ている。
あしなが蜂を甲斐さんの後ろから覗いているうちに、じわっと胸が熱くなってくる。あなたもわたしも一緒、命あるもの同士だねえ、と。


甲斐信枝さんがきゃべつ畑で出会ったあしなが蜂たちは、これから巣を作って卵を産む創設女王蜂だった。
甲斐さんは、近くの農家の納屋のなかで、幾つものあしなが蜂の巣を見つけ、夏じゅう、ここに通って、あしなが蜂の巣作り、子育ての様子を観察する。


母蜂(女王蜂)たったひとりで、巣作り(巧の技)と産卵、巣のメンテナンス、そして生まれた幼虫たちに次々餌を運び、甲斐甲斐しく世話をする姿にびっくりする。
ここにはたくさんの巣があり、たくさんの母蜂がいる。興味深いのは、蜂たちそれぞれ、性質の違いがあることだ。丁寧なのもいれば大雑把なのもいるし、神経質なのもいれば、おっとりしたのもいる。けんか早いのも、そうでもないのも。
一見どれも同じに見える六角形の集まりの巣だって、比べてみれば、作り手によっていろいろと違いがあるというのだ。
また、災難に出会ったときの母蜂の行動は、大きな悲しみに出会ったときの私たち人の姿と重なる。
なんとなく人の営みに引き寄せてしまうのだけれど、人、蜂、案外似ているのかもしれない。


あしなが蜂の納屋の持ち主である農婦「りえもんのおかあ」が、仕事がてら、甲斐さんのもとに、ちょこちょこと顔を出すのだけれど、この人がおおらかな知恵もので、魅力的なのだ。
たとえば、虫が高いところに巣を作るから、今年は風が強いだろう、という。「こういうもん(虫)は賢いえ、よう知ってるの、人間はこういうもんにおしえてもろてんの」と。
蜂と甲斐さんのまわりには、遠く近く人がいる。ぼんやりとしか見えない人の気配が、ときどき、小さなユーモアに繋がっているようで楽しかった。


そして、夏は終わっていく。
蜂は新生の女王が誕生し、世代が交代する。人も……