『書斎の死体』 アガサ・クリスティー

 

 

 

その朝、バントリー大佐邸、ゴシントン館の書斎で、絞殺死体が発見された。それは、若い女で、派手な化粧と安っぽいイブニングドレスをまとっていた。バントリー夫妻はもちろんセント・メアリ・ミード村界隈では、まったく見たことのない女だった。このあたりでそんなドレスが似合うような催しもなかったので、皆、途方に暮れてしまった。
この女性は何者で、何故、こんな姿で、こんなところで死んでいるのか。
警察に連絡するとともに、大佐夫人ドリーは、友人のミス・マープルに、すぐに来てほしいと要請する。彼女はマープルの推理力が並みではないことを知っている。そら、『火曜クラブ』からのおつきあいだから。


早くも、お馴染みの好奇心旺盛な老婦人たちは、小耳に挟んだ話を持ち前の想像力で膨らませ、大佐のスキャンダルとしてあちこちにばらまき始めていた。
バントリー夫人とミス・マープルが心配していたのはまさにこのことだった。
もしこの事件が迷宮入りになったら(なりそうだった)狭い村の無責任な噂のせいで、バントリー夫妻は孤立してしまうだろうし、そんなことはバントリー氏には耐えられないことだった。
だから、どうしてもこの事件を解決し、真犯人を探しださなければならなかった。


被害者の身元はわりとすぐに特定されるが、それは新たなる混乱の始まりで、誰もが犯人らしくて、それでいて、誰も犯人にはなりえないのだ。
後にミス・マープルは言う。
「今度の事件で厄介だったのは、誰もがすべてを頭から信じこんでしまったからなの」
とはいえ、そのすべてって、そんなところまで含めるなんて、まったく考えていなかった。


元警視総監のサー・ヘンリー。彼もミス・マープルとは『火曜クラブ』からの付き合いだが、ミス・マープルに、こんなことを言う場面がある。「ワトソン役として申し上げるなら……」
なんだか愉快になってしまう。小さな村の小さなおばあちゃんが名探偵で、未だに現役たちに慕われる元警視総監がワトソン役だなんてね。


また、探偵小説大好きだという、ある少年がこんなことを言うが、作者からの小さなサービスのようで、ちょっと楽しい。
「ドロシー・セイヤーズと、アガサ・クリスティーと、ディクスン・カーと、H・C・ベイリーのサインも持ってんだ」