『その姿の消し方』 堀江敏幸

 

その姿の消し方

その姿の消し方

  • 作者:堀江 敏幸
  • 発売日: 2016/01/29
  • メディア: 単行本
 

 

「私」は、パリ留学時代、古書店で、気になる詩に出会う。
それは、ある女性に宛てた絵葉書の、肉筆でしたためられた十行からなる詩で、各行の文頭と文尾を揃え、矩形に配置されていた。1938年、アンドレ.L(ルーシェ)とサインがある。
その後、「私」は、アンドレ.Lの同様の形式の詩を合計五篇みつける。


謎めいた詩だ。
意味などわからないが、感じるのは、透明感のある暗さ、冷たさ。そこから立ち上ってくるのは、なんとなしの悲しさや、やるせなさ。


年を経て、再びのパリで、「私」は、意を決してアンドレ.Lを探し始めるが、彼を探すことは、詩の意味を探すことであり、作者の人生(の一端)の秘密を知る事、その時の社会の情勢や籠る雰囲気を知ることでもあったのだ。初めて詩に出会った時にうっすらと感じた暗さ、うら悲しさの秘密を知ることでもあった。


探しもとめているうちに、鮮やかに見えてくるものもあれば、掠れて消えていくものもある。
「私」は言う。
「絵はがきの文言をただ飲み込んだ瞬間の驚きと心地よいめまいは消えてしまう……」
アンドレ・ルーシェは、もう幻の詩人ではなくなったけれど、知れば知るほど、思いもしない奥行きに出会い、逆に、この人は一体何者なのか、わからなくなってくる。


だけど、何が残り何が消えたとしても、それよりも、もっと確かなものが「私」には残されたのではないか。
求めたわけではなかったけれど、今となっては、かけがえのないもの。
詩人と詩を追いかける旅の途上で、出会った、詩人(と呼ばれる人ではなかったが)ゆかりの人々や、有形無形の力を貸してくれた人たちのことだ。
忘れがたい人々の、仄明るい輪が浮かび上がってくる。
「私たちは幻ではないアンドレ・ルーシェという人物のもとに集った、ひろい意味での「家族の一員」なのだから」


読み終えて、巻末の初出一覧を見る。
この物語の13章は、13篇の短編として嘗て、いくつかの文芸誌にぽつぽつと発表されてきたものだった、と知った。
しかし、初出誌も初出年月も、見事にバラバラなのだ。
初出の雑誌でどれか一篇(一章)に出会った読者が、別のときに別の誌面で、その続き(またはその前日譚?)を探し当てたり、あるいは偶然に出会ったりして、驚いたりときめいたりしているさまを想像してしまう。
この物語の主人公が次々に同じ作者の矩形の詩を探して古書店の絵葉書を漁ったように、思いがけない出会いに驚いたように。
わたしもそんな経験をしてみたかったな。
もう勝手な思いだけれど、物語の中にも外にも(作中にも現実にも)、よく似た物語が重なっている。不思議な入れ子のようだ。