『十二人の手紙』 井上ひさし

 

十二人の手紙 (1978年)

十二人の手紙 (1978年)

 

 

12人とその関係者による手紙のやりとりが、13の短編小説になっている。
手紙のやり取りだから、一つの物語に登場するのはせいぜい二人か三人の書き手。あるいは一人だけのことも。
けれども手紙は手紙。書き手が、読み手にそっと知らせたい情報は、主観的なものなのだ。一つの章のなかに書き手が数人いれば、数人分の主観をたっぷり聞かせられる。
また、書き手が一人であれば……その手紙の受け取り手の身代わりである読者の主観が呼び覚まされて、書き手と読者とで一つの物語を作り上げていく感じだ。
面白い、と思うのは、それぞれの主観がぶつかりあったり、入り乱れたりするあげくに、もしやこれはミステリ?と思うような急転直下の展開。その驚かされ方の多彩なこと。人ってこんなに多様な面を持っていたんだねえ、と改めて驚くし、思わずこみ上げる笑いにも、こんなに多様な笑いがあったんだねえ、とこれも感心せずにはいられない。


あとのほうの物語(手紙)に、先に読んだ物語(手紙)のなかで知った名前や事件などが再登場して、ああ、あの時のあの人……こんなところにいたんだね、とその後の消息を知る。
タイトル通り、この本は12人の手紙の物語なのだ。それなのに物語は13。……読み終えてその理由が分かる。
13の楽しみ、それからもう一つ。これはやっぱり……


これらの手紙は、昭和五十年前後に書かれたものであるが、読んでいると、当時の様子が蘇って来て、懐かしい。
雑誌のペンフレンド募集コーナーは、自己紹介に添えて実名・実住所記載……そうだった。今では考えられないが。
たくさんあった当時の「手紙文の書き方」本の模範文例などから、物語が生まれることもある。
物語(手紙)のなかに、核のゴミ処理に関する話題など、何食わぬ顔で(とはいえ鋭く)挟み込まれていて、どきっとする。
身を寄せる当てのない人たちや、障がいを持って生きるひとたちが多く登場したことも心に残っている。
どの人もどうか元気でいてほしい。
そして、私は手紙が書きたくなりました。