『予告殺人』 アガサ・クリスティー

 

予告殺人〔新訳版〕 (クリスティー文庫)
 

 

チッピング・クレグホーン村界隈の新聞に、「殺人をお知らせします」という個人広告が載ったものだから、村の人たちは驚いた。
場所はリトル・パドックスと呼ばれるミス・レティシアブラックロック宅。日時は今晩!
これはゲームなのか、誰かの悪戯なのか。
「お知り合いの方々ご出席いただきたく……」と言われるまでもなく、物見高い人々が集まってくるが、その目の前で、本当に人が死ぬ。
ぎょっとするような始まりであったけれど、事件は単純であっさり解決するかに見えた。
けれど、捜査にあたったクラドック警部と、たまたまこの村に来ていたミス・マープルは、釈然としない。真犯人は他にいて、まだ目的を遂げていないのではないか。
そうこうしているうちに……
期待していた通り、あちこち引っ張り回されたあげく、思いがけない秘密が次々に浮かび上がり、あっと驚く真相にたどり着く。


この村は、人間関係が細やかで、一面窮屈な、普通の田舎の村に見えた。
きっと、代々、ずっとここに暮らし、村人同士、親族より濃いお付き合いをする、そういう村だろうと思っていたのだが……
戦争が終わり、村の大きなお屋敷も、小さなバンガローも、もうないのだ。みんな改装されて売りに出された。
その後ここに住んだのは、遠方から移ってきた人々だ。
戦争は、こんな小さな村のありようも変えてしまっていた。


そんなわけで、蓋をあけてみれば、ミス・ブラックロック本人も、その家族たち(遠縁の若者、友人、下宿人)も、もともと「よそ者」で、最近になって一緒に暮らすようになった人たちだ。それ以前の消息はほとんどわかっていない。
親しくしている近所の人たちも、その経歴を証明できる人は村にはだれもいない。
一旦、事が起こってみれば……誰もかれもが、過去のない得体の知れない他人、と思えてくる。
一見、窮屈そうな村が、そらぞらしいくらいに隙間だらけの広い場所に思えてくる。
不本意にも、「村」そのものが、犯人と真実とを隠す手伝いをしてしまったようにも感じる。


だけど、そう思うそばから、「それだから」という声がどこかから聞こえてきそうな気がするのだ。
戦争を経て生き抜いてきた人たちが、ここにたどり着き、隣近所とともに暮らす仲間になろうとしている。
家の鍵をかけないでおくことなど、ゆったりと繋がりを持とうとしているように感じた。
老人たちが多く登場する物語で、年配者の余裕か、ユーモアがいたるところに仕込まれているのも楽しかった。
ことに、ミス・マープルをはじめ、ずいぶんたくさんの高齢、独り身の女性たちが出てきたな、と思う。元気で茶目っ気があるおばあちゃんたちだ。