『火曜クラブ』 アガサ・クリスティー

嘗て見聞きしたり居合わせたり、あるいは自身が巻き込まれたことがあるような「迷宮入りの、いまだ憶測の域を出ない」ちょっと気になる事件を、それぞれが持ち寄って披露しあう小さな会があった。そこ集う人々は話を聞いて、順番に自分の推理や意見を披露しあうことになっていた。
自殺か他殺か、あるいは事故か。誰が得をするのか定かではない窃盗。行方不明や身元不明の死者……様々。
ここに参加しているのは元警視総監や作家、弁護士、医師、画家や女優……そうそうたるメンバーのなかに、セント・メアリ・ミード村に住む穏やで物静かな老嬢ミス・マープルがいたが、誰もが彼女には何の意見も期待していなかった。ところが、この小さなおばあさんは「驚くべくすぐれた洞察力の持ち主」で、この本に紹介される13の奇妙な事件をすべて、静かに座って話を聞いているだけで、見事に解決して見せたのだった。
村からほとんど一歩も出たことがないようなおばあさんが。


アガサ・クリスティーが生んだ、ポアロに並ぶ名探偵ミス・マープル。名前は聞いたことがあるものの、彼女が活躍する作品を読んだのは、これが初めてだ。
事件のあらましが語られると、彼女は決まって自分の村で起こったちょっとした出来事について語り始める。
近所の主婦が買ったばかりの小エビを紛失したことや、園遊会でつまずいて転んだ男のことなど……
居合わせた人々は苦笑して、それは事件とは何のかかわりもないだろうという。
ところが、最後まで話を聞いてみると、驚いたことにこれが事件の真相のちょっとした要約になっていた、という寸法である。


ミス・マープルにかかると、小さなセント・メアリ・ミード村は、世の中の縮図であるらしい。
これまで読んだアガサ・クリスティーの物語は、特別な人たちーーイギリスの上流階級の人たちの間で起きた事件が多かった。だけど、ミス・マープルの言い草を聞いていると、そういう高みにいる人々が、ちょうど私の立つ地面の上まで引き下げられたように感じるのだ。
「私はね、この世の中に起こることは、すべて似たりよったりだと思うんですよ」とミス・マープル
サー・なんとかさんや有名女優の広大なお屋敷でも、庭師や大工のバンガローでも、同じような事件が、起こるときには起こるのである。
「たいていの人は悪人でも善人でもなくて、ただとてもおばかさんだってことですよ」とも。


この本に収められた13の事件は、短編であるから、関係者の人物紹介は簡潔だし、すぐに事件は起こり、それがコンパクトに解決されていく。一度に13も続けて読めるのはゴージャスだ、とうれしい反面、一冊読み終えると、今度はゆったりと長編が読みたくなる。あっちこっち引きずり回されてみたくもなる。今度のミス・マープルは、長編を読んでみようと思う。