『塵に訊け!』 ジョン・ファンテ

 

塵に訊け!

塵に訊け!

 

 

ダン・ファンテ(ジョン・ファンテの息子)の『天使はポケットに何も持っていない』 で、作者の分身ブルーノが読んでいた父の本がこれなのか(物語のなかではジョナサン・ダンテ作『風に訊け!』になっている)
この本を読むと、さかさまコースだけれど、『天使は……』がどんな作品だったか、判ってくるように思う。
ダン・ファンテが、どんなに父を(けなしながら実は)敬慕していたことか。『天使は……』は、ジョン・ファンテへのオマージュ作品とも思える。
そして、『天使は……』が『オン・ザ・ロード』(ジャック・ケルアック)と並べて語られることに対して、ダン・ファンテが不快感もあらわに「くそケルアック」と言っていた、その気持ちもわかる。彼が、一途に思慕していたのはジョン・ファンテで、ケルアックだなんて見当違いもいいところだ、と思っていたのだろう。


ジョン・ファンテ『塵に訊け!』
作家を目指す青年アルトゥーロが、コロラドからロスアンジェルスに出てくる。
初めて雑誌に載った小品とともに夢だけははちきれんばかり。だが、現実は……
金もなく、作品は書けず、そのくせプライドだけは百人分というほどの彼のみっともなさを嫌というほどに見せつけられる。
最悪なのは、カフェで働くメキシコ移民のカミラへの差別的な言葉の連射である。うんざりと目を背けたくなるそれらの言葉は、実はアルトゥーロ自身が一番馴染みのある言葉なのだ。イタリア移民の子である彼が、これまで浴びせかけられた言葉、嘲笑。そして、白人に対する自身のコンプレックスのあらわれでもあった。
それを彼は自覚している。


読者の肩をつかんで、そら、こっちを見ろよ、と振り向かせる強引さだけれど、そちらを向くだけの価値がある。
強引なのか、力強いのか。
この物語、ほんとうのところは、シャイでやさしい。少しずつ美しさに気がついてくる。暗い夜空に目が慣れて、沢山の星が見えてくるように。


一つの時代の終わりの物語だ。
心からほしかったものを得て、同時に大切なものを手放す日の物語。
何にも持っていなかった、みじめだった日、逆立ちしても手に入らないものが、いつかは自分のものになると思った。そうして星を見ていた。
カリフォルニアの夜は、こんな季節でもやはりあたたかいのだろうか。
おだやかに晴れた夜空に、投げ上げたい言葉が、光景がここにある。


丘の斜面に逆さまに建ったホテル。てっぺんのエントランスから坂をくだるように、十階分下ったところに十階があるという不思議な安ホテル。

ぼろぼろのオープンカーを精一杯のスピードで飛ばしながら、クラクションをぶったたき、靴を脱ぎ捨て、左足を運転席から出して……という、少女。

「俺の鼻のための夜、鼻にはご馳走の夜、星をにおい、花をにおい、砂塵をにおう。そして塵は眠っている、バンカーヒルのてっぺんで。街はクリスマスツリーのように広がっていた。赤、緑、青。やあ、古い家並み。……」