『象は忘れない』 アガサ・クリスティー

探偵作家アリアドニ・オリヴァは、さる昼食会で、初対面の婦人に大変失礼なことを頼まれる。
ミセス・オリヴァの名づけ子シリアに訊いてほしい、というのだ。「あの娘の母親が父親を殺したのか、父親が母親を殺したのか」
この婦人はシリアとの結婚を考えている青年の母だと名乗っていた。


十二年前に亡くなったシリアの両親の死は、不明のことも多かったが、自殺、として処理されていた。
ミセス・オリヴァは憤然としつつ、気になることもあり、ポアロに相談し、自身も古い知り合いをあたり、いろいろ調べ始めるのだった。


当時の関係者たちが、それぞれ、とてもよく似た境遇で、とてもよく似た悲劇にあっているように思えて、誰が誰だかわからなくなってしまう。
とてもごちゃごちゃした事件だと思うが、少しずつ少しずつ明らかになってくることもあり、そうなってくると、今度は、そうでなければいいが、と思った。


全体的に暗いイメージの物語のなかで、ミセス・オリヴァの活躍が明るく輝いているイメージだ。
彼女の乳母(ナニー)との再会の件が心に残る。情報が欲しくての訪問であったが、彼女の子ども時代の思い出が鮮明に浮かび上がってくるところ、老いてしまった乳母への温かく切ない思いなどが。


それと、ある人との会話で、
「人生のすべてを楽しんでいいらっしゃるんですね」
に答えて、
「ええ、そうなんですの。つぎにどんなことが待ちうけているかわからないって、そういう気持ちなんでしょうね」
ミセス・オリヴァ、この素敵なひとの若々しさの源泉に触れたような気がした。
それは、彼女の若者を見る目のおおらかさの源泉でもあると思う。
人生のすべてを楽しむ。ちょっとだけミセス・オリヴァにあやかって毎日を過ごしたいものだ、と思う。