『この本を盗む者は』 深緑野分

 

本好きにもいろいろある。
たとえば、御倉深冬の曽祖父、御倉嘉市のように、本を愛し、本からも愛される人がいる。それだけではなく、彼は、本と相思相愛の関係を結べる読書家をひとりでも増やそうと考えて、蒐集した稀覯本を集めた個人図書館を町の人びとに開放した。
一方、激しく本を愛しながら、自分の蔵書を集めた書棚に鍵をかけて人を寄せ付けようとしなかったのは、深冬の祖母、御倉たまき。
深冬の祖母の蔵書のありかが「座敷牢」と呼ばれていたことが寒々と心に残る。わたしだって自分の大切な本なら隠しておきたい、と思うこともあるけれど、それは、愛するものを座敷牢に押し込めるような愛し方だと言われれば考えてしまう。

 

御倉家の個人図書館、御倉館の本は、しっかりとしたセキュリティ―システムに守られている。
噂によれば一冊一冊の本には狐神による魔術がかけられているという。
それでも、本は盗まれる。
そして、本にかけられた魔術が本当に動き始める。
御倉深冬は、本にかけられた呪いブック・カースの渦中に引き込まれる。
深冬は、御倉嘉市の曾孫で、御倉たまきの孫だ。
だけど、彼女は本が大嫌いなのだ。

 

なぜまた、本嫌いの深冬が?なんて考えているひまもなく、館の外では不思議なことが起き始める。
物語と現実の町が混ざり合い、異様なありさまになっている。
それは民話のなかの夜の村里、ハードボイルドなどんぱちの街角、不思議な獣のいる異世界の鉱山、それから……
犯人を捕まえ、盗まれた本を取り返さなければ、その呪いは解けないのだ。

 

思いもかけずとんでもないところに来ちゃった、ついていけるかな、と読みながら少し心細くなっていたのだけれど、いつのまにか、深冬のあとを追って、のめり込んで読んでいた。
それは、まず、イカれた世界ではあるけれど、しっかりミステリで、二重三重の仕掛けに目が離せないから。
それから、いつのまにか、このブックカースが、実は深冬の心の内とリンクしている、もしかしたらリアル以上のリアルなんじゃないか、と感じ始めたから。

 

本が嫌いだ、と言っていた深冬の、本を取り返す冒険は、自分でも気がつかないままに失いかけていた大切なものを取り返す冒険でもあった。
立体的になって立ち上がった本(物語)をアクティブに読んでいるようだとも思った。

 

「それは、深冬ちゃんが“今読むべき本に呼ばれた”んじゃないのかな」
印象的な言葉だけれど、呼ぶ、と言っても、いろいろだな、と思う。
ここでは、呼んでも振り向かない者のもとへ、わしわし近づいていき、肩を揺さぶるような感じ、かな。

 

わたしのことも呼んでくれていたのかな? いいえ、こちらから呼んだことは自覚しています。「読みたい読みたい」って。
そして、いま、ほおっとため息をつきながら本を閉じる幸せにちゃんと着地した。