『ABC殺人事件』 アガサ・クリスティー

 

 

ポアロのもとに手紙が届く。
今までの彼の成功を揶揄したあげくに、止められるものなら止めてみよ、とばかりの殺人の予告。
これは挑戦状だ。
そして、予告通りに事件が起こってしまう。
「これがはじまりです」とポアロは言う……連続殺人事件の始まりだった。


マシュー・プリチャードによる巻頭の言葉のなかに、
「『ABC殺人事件』の読者は、この物語についていかなる先入観も捨てるべきである」と書かれている。
後悔しないように、余計な検索はせず、巻末の解説にも手を触れず、読む。読む。読む。
そして、期待したとおりに、いいえ、期待を裏切って、激しく驚く、この快感ったら。


ヘイスティングズ(相棒、記録者)にポアロが語った言葉、
「これまではつねに“内部の犯行”でした。今回は、わたしたちが協力するようになってはじめて遭遇した、冷酷な、没個人的な殺人です。外部からの殺人です」
読者のわたしは、彼の言葉にうなずき、物語を読んでいくのだ。
「外部からの殺人」はいったい何を手がかりに犯人を探したらいいのだろう……
戸惑うばかりの光景のどこに、どんな手がかりが、こっそり混ぜ込まれているのだろう。


もうひとつ、ポアロの言葉。
「隠しごとのある人間にとって会話ほど危険なものはないんです! 話をするというのは、(略)人間に思考をさせないための発明なんです。それはまた、人間が隠そうとすることを発見するための、あやまたぬ方法でもあります」
そう、探偵は次々と人と会う。会話する。ヘイスティングズはもとより、読者も煙に巻くような会話のどこにヒントが隠されているのか。


連続殺人の物語なので、事件のたびに登場人物が増える。後半はとくに大挙してどどーっとかけていくイメージで、飲み込まれまいとするのが大変。


だけど、ほっと息つきながら迎えるフィナーレはちょっと嬉しい。
読者としては、すっかりいいように手のひらの上で転がされちゃったなあ、と思うけれど、それでも嬉しい。
びっくりのあとの気持ちの良いあと味を、今、静かに楽しんでいる。