『素数たちの孤独』 パオロ・ジョルダーノ

 

素数たちの孤独(ハヤカワepiブック・プラネット)

素数たちの孤独(ハヤカワepiブック・プラネット)

 

 

主人公は二人。同い年のマッティアとアリーチェ。
最初の二章『雪の天使』『アルキメデスの原理』には、アリーチェとマッティアがまだ互いを知らなかった小さいときに起こった別々の出来事が描かれている。
どちらも独立した珠玉の短編と呼べそうな物語でもある。(実際、この本、最初は短編集かと思った)
それぞれが、この時、焼き印のように一生消えることのない痛みを負い、それぞれ、独特の雰囲気をまとった若者に成長する。


マッティアは天才的な数学者だ。
彼は素数のことを考えている。
自然数の無限の連なりのなかの自分の位置で素数はじっと動かず、他の数と同じくふたつの数の間で押しつぶされてこそいるが、その実、みんなよりも一歩前にいる」
マッティアやアリーチェのことみたいだ。
目立たないはずの彼らが、良きにつけ悪しきにつけ人目をひいてしまう。讃えられ、愛され、蔑まれ、憎まれる。いずれにしても強く、特別に。
素数だってみんなと同じ、ごく普通の数でいたかったのかもしれない。ただ、何らかの理由でそうすることができなかったのではないか。」


素数の中でも特殊な素数、双子素数というものがあるそうだ。自然数の並びのなかで「ほとんど隣り合った素数」ではあるけれど、ぴったり隣りあうことはできない。
なぜなら、「ふたつの素数の間には必ず偶数があって、両者が本当に触れ合うことを避けているから」なのだ。


恋すること、愛すること。もっと違う何か、別の名前がこの二人には相応しいような気がする。
離れていれば会わずにいられなくなるが、長い時間をいっしょに過ごすことはできない。それなのに、相手は恋人以上に特別な人なのだ。自分の身体から離れたまま生息する自分の身体の一部、のような感じだろうか。
もしかしたら、二人にとって互いは、そこにあるから忘れられない傷、そこにあるから見えなくなる傷であるかもしれない。
あるいは、双子素数の間にある偶数が「傷」だろうか。そのために、すぐ隣にいるのに、いつまでたっても決して触れ合うことができない。


双子素数を、自然数の間にみつけようとすると、数が大きくなればなるほど、一組の双子素数から、その次の双子素数の間の距離が開いていくそうだ。
「ひとつの素数から次の素数までの距離はますます遠ざかり、数だけでできた静かでリズミカルな空間でそれぞれが途方に暮れているように見え、次第に、これまでに出会ったペアはどれも単なる偶然に過ぎず、素数の宿命はやはり、ひとりぼっちでいることなのではないか、そんな気がしてくる」
だけど、もう双子素数を探すのをやめよう、と思っていると、また、突然ぽつんと現れたりするそうだ。
「数え続ければ常に新たな双子素数があるはずだ」と数学者は予想しているそうだ。


むかし、教わった先生の「数学はロマンだよ」という言葉が、この物語を読んでいると蘇ってくる。
果てしなく続く自然数の並びの間から、生まれた二人の男女。
数字の間に物語が生まれ、育っていく。