『たのしい川べ』 ケネス・グレーアム

 

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))

 

 

春の訪れに、浮かれたモグラが家の外に出てくる。そこで川ネズミと出会い、川の上で楽しい一日を過ごしたあと、二人は川のほとりの家で一緒に暮らすことにする。
物語はおおまかに、二つのパートに別れていて、前半は、川ネズミとモグラを中心に、カワウソ、アナグマヒキガエル、気のいい仲間たちと過す楽しい(時にふっと曇る)川辺の暮らしの物語だ。
前半が、どちらかと言えば、静の物語であるのに対して、後半のヒキガエルの冒険物語は、動のイメージだ。
うぬぼれやで、何かに夢中になると周りが何も見えなくなってしまうヒキガエル。しかも悪いことに彼は大金持ちときている。その彼が、うっかりおこしてしまった(?)窃盗の罪で、放り込まれてしまった牢屋から、脱走して家を目指す物語。手持ちのお金もなくしてしまったので、ちょっと頭を使わなければならないが、ヒキガエルは悪人になりきるにはあまりに隙だらけで、憎めない。


子どもの頃に読んだときには、この物語がそれほど好きではなかった。
登場する動物たちはみんなおじさんたちで、たとえば『くまのプーさん』のように、「ばっかなくまのやつ」と、さも愛し気に言うような共感できる存在が、ここにはいないせいでもあったと思う。
大人になって読んでみれば、こんなに美しい本だったか、と思うのに。かすかに寂しさや侘しさが滲んでいたり、ときどき、こちらを突き放すようなシニカルな目を感じて、ドキッとするところも含めて。
移ろう季節を寂しく思いながら、今、消えずにある、この一瞬を全力で楽しもうとする動物たちが愛おしい。


そして、何よりも惹かれるのは、この物語が、たえず家(我が家)に向かっているからでもある。
それぞれの動物たちの家は、それぞれの性質や暮らし方に合わせて、工夫が凝らしてあり、みんな居心地よさそうに暮らしている。
後半のヒキガエルの冒険は、遠い処から、ひたすらに我が家を目指す話だし。
川ネズミと暮らすようになったモグラが、長いこと離れていた土のなかの自分の家を、雪の夜にみつけるところ、好きだ。
家の匂いは、暗闇の中からモグラの鼻先になつかしく呼びかける。
「なつかしのわが家!だきしめてくれるような、このうったえ。空をただよってくる、このやわらかい感じ。なにか目に見えない、いくつもの小さい手が、みんな一つの方向に、モグラをひきよせ、ひっぱっているのです!」


野や森には動物がいて、町には人がいる。ときどき両者は混ざり合い(挿し絵では、物言う動物たち――ヒキガエルもネズミも、人間の子どもくらいの大きさに描かれる)、対等に口をきき、丁々発止のやりとりなんかもする。この不思議にあいまいな境界が楽しい。


E・H・シェパードの楽しい挿し絵と、石井桃子さんの美しい訳とで味わえることも幸せだ。