『桜のような僕の恋人』 宇山佳佑

 

桜のような僕の恋人 (集英社文庫)

桜のような僕の恋人 (集英社文庫)

 

読んでいるこちらが照れてしまうくらいに、不器用で一途な若い恋人たち。
だけど、彼女は、難病に侵されていた。普通の何倍ものスピードで老いていき、次の春は迎えられないのだ……


たくさんたくさん似た物語があると思う。
そういう中で、やっぱりこういう物語が書かれたなら、この作品は(よく似た)他の作品とは明確にちがう何かであるはずだ、特別の特別であるはずだ、と期待してしまう。だから、ちょっといいな、くらいでは、満足したくないのだ。すみません。
とはいえ、印象的な細部が物語のあちこちにちりばめられていて、変わる景色を楽しむように読んだ。
雰囲気のある作品だった、と思う。


印象に残るのは、まずは、物語に溢れんばかりの桜の色。
一年間の物語だけれど、四つのどの季節にも、桜の色がある。
春は満開の桜。とりわけ美容室の窓の向こうの不格好な桜の木。
夏は、小箱のなかから現れた、シザーケースの桜色。
秋は、枝にしがみつくようにして散り残ったジュウガツザクラの花の淡い色。
冬は、抱きしめたいような桜色のニット帽子。
そして、
「桜はきっと散りたくないんだ」「だから桜はあんなに綺麗なんだよ」という言葉が印象的だった。


それから。
カメラマン志望の彼が、彼女の写真を一枚も撮っていない事も印象的だ。
彼は、写真を撮りたいと思ったし、実際、撮らせてほしいと頼んでもいたけれど、彼女に断れれてそのままになってしまっている。
だから、彼は彼女自身を撮った写真を一枚も持っていない。
だけど、彼女の姿のない、彼の写真に、姿かたち以上に、彼女の気配がいきいきと写っているのを感じる。


変わるものと変わらないものの対比も印象に残る。
若い彼女の姿も健康も、ものすごいスピードで変わっていく。
だから彼は、いつまでも変わらずにあるものを見つめようとする。
変わっていくように見えて、変わらずにいるものは、きっとたくさんある。


一方、移り変わりは、静止した一瞬一瞬の連続のようだ、とも感じる。変わっていく風景のなかにある、大切な瞬間をわすれないでいられたら、と思う。
それこそ、散りたくない桜は全力で、「あんなに綺麗」な一瞬を残していくのだし。