『天国の南』 ジム・トンプスン

 

天国の南

天国の南

 

テキサス西端、様々な労働者たちが集まってくる石油パイプライン工事の現場(労働者キャンプ)が舞台である。
事故が起こりやすい現場で、まず、ひとりの労働者が亡くなった。
これは本当に事故だったのだろうか?という疑惑は、疑惑のままでおわりそうだった。
ところが、大がかりな悪事が起ころうとしていることに気がつく。すでに始まっている? そして、消えたはずだった疑惑を思い出すのだ。


この物語の主人公ジミーは21歳の労働者だ。
彼は、裕福ではないが愛情豊かな祖父母のもとで成長し、高校生の頃には、その優秀な成績を讃えられた。奨学金を得て大学へ進むことが、ほとんど決まりかけていたが、そこで事故が起こる。ダイナマイトの事故で祖父母が爆死したのだ。身寄りをなくしたジミーは、出奔し、ホーボー(渡り労働者)になった。
宵越しの金を残さない、その日暮らしで、怪しげな密造酒に溺れて病院に強制入院させられたこともあるし、ブタ小屋に叩き込まれかけたこともある。
それでも、彼は、初々しいくらいに純情で、一本気な若者なのだ。(頑固で融通が利かないところもあるが)
どこに落ちていっても、芯のところは染まらない人っている。ジミーは、そういう青年だ。


ジミーの年上の相棒フォア・トレイは、深い洞察力の持ち主で、頼りになる。父子のよう、兄弟のような二人の姿がしみじみと心に残っている。
そして、ジミーが一途に心寄せる初恋の相手キャロル。彼女を大切に思うジミーの気持ちが切ないくらいだ。
ジミーの周囲の人たちには、表からは見えない静かな輝きがある。
魅力的な脇役たち。
けれども、ジミーの傍らで、重要な脇役を努めるのは、もしかしたら、人以上の存在感を放つダイナマイトかもしれない。少年(21歳であっても)が一皮むけて大人に変わる徴として。
ジミーがダイナマイトを扱う、その都度の態度・思いは、劇的に変わっていく。


着々と進行する陰謀、悪事の実態を知りたくて夢中で読んでいたけれど、何よりも、物語の背景に魅了されていた。
西部の大平原の広大さ。
メキシコまで続くというパイプラインを引っ張って、キャンプはゆっくりと移動していく。集まってくる胡散臭い労働者たち(ふるさともなし、待っている人もなし)のむんむんとした熱気を乗せて。
実際死と隣り合わせの殺伐とした職場なのに、おおらかな解放感に、気持ちが高揚する。