『遠い唇』 北村薫

 

遠い唇 (角川文庫)

遠い唇 (角川文庫)

  • 作者:北村 薫
  • 発売日: 2019/11/21
  • メディア: 文庫
 

 

七つの短編が収録されている。巻末の作者付記(の付記)によれば、「謎と解明の物語を中心にまとめ」られた短編集である、と書かれている。
そのうえで、これは再会の短編集である、と私は呼びたい。


たとえば『ゴースト』では、
『八月の六日間』の朝美と、読者は再会する。彼女の、散文的で、まるで押しつぶされそうな日常が描かれる。
「カシャン、カシャン……ピーポー……」が効果音になり、閉塞感が募る。『八月の六日間』の空気を振り返りながら読む。山があるよ。山があるからね。と本の中の彼女に語りかけている。


『ビスケット』では、
『冬のオペラ』の姫宮あゆみ・名探偵巫弓彦と再会した。
あれから、20年が過ぎている。あゆみは、売れっ子のミステリ作家になっていた。喜ばしいはずなのに、そこはかとない寂しさ、切なさが漂っているのは、嘗てあたりまえにそこにあったものがもうなくなってしまったせいでもある。時代も変わった。名探偵が名探偵でいることが難しい時代になってしまったのかもしれない。


『続・二銭銅貨』は、
江戸川乱歩出世作二銭銅貨』と、思いがけない形で再会させてくれる。(とはいえ、わたしは初対面ですが)
乱歩の作品をそのままミステリの「問題編」として扱うという大胆な趣向のミステリー。乱歩その人も出てくる。『二銭銅貨』が既読であったら、さぞやスリリングであっただろうが、そうではない読者にも楽しみはある。物語を読みながら、『二銭銅貨』がどのような作品であるか、だんだん全体像がみえてくるのが楽しい。それと同時に、それの何が問題なのか、どのように読むと、別の扉が開かれるというのかと、どきどきしながら追いかけていく。


好きなのは『遠い唇』と『しりとり』だ。
謎が解けてみれば、そこから、謎をかけた人の人物像が(謎かけの背景とともに)静かにたちあがってくる。ああ、こんな謎かけをする人であったことよ、と。その「答え」の、さらなる(言葉にならない)奥行き。謎を解くはずの相手への言葉にならない思い。
これも、再会の物語といえるのではないか。
もっと早くにそれがわかれば……
でも、取り返しがつかない、という思いは不思議にわいてこなかった。
とけない謎は、ずっと胸にひっかかっていた。その人の横顔とともに。
ずっと後になって、いなくなってしまった人(もう二度と会えないはずの人)に、再会できたようで、それは切ないけれど、少し嬉しいことなんじゃないか。こんな再会もあるよ、としみじみと思っている。