『ネギをうえた人』 金素雲(編)

 

ネギをうえた人―朝鮮民話選 (岩波少年文庫)

ネギをうえた人―朝鮮民話選 (岩波少年文庫)

 

 

韓国の民話が33編おさめられている。
恐ろしい動物の筆頭としてのトラや、妖術を使って人にイタズラを仕掛けるトクカビ(小鬼)。
日本の民話にはまず出てこない役者たちに、わくわくする。


天の国のお姫様が、下界に指輪を落としたことがきっかけになって、この世に山や川ができたというおおらかな創世のお話から始まって、天、地、地の底、海の底などを舞台にして、ものいう動物たち、不思議ないきもの、道具、
利口者やばか者、情け深い人や狡い人などが現れて、お話の世界は賑やかだ。


助けてもらった人や動物たちが後日恩返しする話、いろいろあった。それぞれの性質や特技を利用して、思いもかけない方法で恩人をピンチから救い出す話を楽しんで読んだけれど、『キジのかね』『恩をかえしたトラ』は、あまりに壮絶で切なかった。
トクカビとの知恵比べが痛快なのは、『すがたを盗まれた話』『おとうさんのかたみ』
そして、どこの民話にも多くある「~の始まり」話だが、表題作『ネギをうえた人』は奇抜さで群を抜く。


巻末の解説「編者のことば」の一節。
「降り積む雪の夜のオンドル(温突)で、真夏の夜、蚊やり火のけぶる庭ゴザの上で、おじいさんやおばあさんにせがんでは、朝鮮の子どもたちが飽かずに聞き入った物語や、野良仕事のあいまを、お百姓さんたちが木陰にあつまっては、語りあい、笑い興じた短い話など……」
ここを読んでいると、お話を聞く喜びがふくふくと膨らんでくる。
「朝鮮」のオンドルも、蚊やり火も、私は知らない。それは、日本の昔話が、嘗ては、囲炉裏の傍で語られたのだよと言われても、そうした場所でお話を聞いたことがないのといっしょだ。
でもね、実体を知らなくても、お腹の底あたりで「ほんとは知ってる」と思っている。
お話が語られる場に共通する雰囲気があると思うのだ。お話を語る人と聞く人とをすっぽりとくるむ、安心の雰囲気。
お話を聞く準備ができた者たちに(いつの時代でも、どこの国のどこの地方の子どもでも、おとなでも)ほらほら、良きことのはじまりだよ、と合図を送ってくれる。