『戦争と児童文学9 船場のぼんぼんの初恋と戦争 今江祥智『ぼんぼん』~生き延びるための言葉を探して』繁内理恵

 

みすず 2019年 10 月号 [雑誌]

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連載:『戦争と児童文学9 船場のぼんぼんの初恋と戦争 今江祥智『ぼんぼん』~生き延びるための言葉を探して』(繁内理恵)を読む。


『戦争と児童文学』の連載も9回目。
今回とりあげられた『ぼんぼん』には、戦時中の少年たちの生活が描かれている。
しかし、繁内理恵さんは、「あえて「少女」を切り口にこの物語を読んでみたい」という。「洋がふたりの女の子と触れ合うとき、戦争という堅い殻がぱっくりと割れて優しく切ないものが溢れてくるように思うからだ」という。


船場の嬢(いと)さんとして、おっとりとよく躾けられている」なぎさちゃん。
「戦後に自分自身の意志を持つ個人として生きようとする女性を象徴しているのだろう」恵津子。
二人のことを「戦後を生きる女性の表と裏」という。
それは、洋の母・正子と、父の愛人・たみさんとが、表と裏であることに通じている。
女たちの(少女たちの)表と裏とは、ともに「戦争という時代のなかで、参政権をもたぬ存在であった女性たち」の「聞こえにくい」声でもあった。


この『ぼんぼん』は四部作の一作目の物語であるが、繁内理恵さんは、続く三作にも触れながら語る。
男の声に押しつぶされて踏みにじられたり、あえて聞こえないようにされてきた女たちの声を、
あやうく読み飛ばしてしまいそうな、表と裏との声を、繊細に拾い上げていく。
言われてみれば、戦争の時代に、少年たちのいきいきとした日々を支えていたのは、そうした女たちの声だった、と思い至る。


「あえて「少女」を切り口にこの物語を読んでみたい」という繁内理恵さんの「少女」はちょっとおもしろい。
佐脇さんという老人。
今江祥智自身とその家族がモデルのこの物語のなかで、「佐脇さん」だけは、完全な創作だが、この佐脇さんは、元やくざ、「何でもできるうえ、世の中の裏を知り尽くし、人の心の機微がわかる粋な男」頼りがいのある男である。
佐脇さんの「戦争に対する醒めた批判的な目」は、作者今江祥智の眼差しの反映であり、勇ましい男の言葉が満ち溢れた時代の、女の言葉の象徴でもあったのだ。
普通の人びとの正義が、勇ましい男の言葉を支え、「死に向かうファシズムを推進していった」。
見てくれは少女とは無縁の佐脇さんにある女の言葉とは、
「弱さや痛みのありかを探り、生き延びようとする言葉、違う人間同士を結びつける恋の不思議を問う言葉。それらが自由な命を繋ぐ「かよいあう言葉」となること」


繁内理恵さんは問いかける。
「今、なぎさちゃんが残したガラス玉に、戦争のない世界は映っているだろうか。生きるための通い合う言葉はこの世界に満ちているだろうか」