『子どもと本』 松岡享子

 

子どもと本 (岩波新書)

子どもと本 (岩波新書)

 

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ボルティモアイーノックプラット図書館で初めて児童図書館員として一歩を踏み出した著者は、当時の図書館長エドウィン・キャスタニヤさんに贈られた言葉をずっと覚えている。
「わたしたちは、本はよいものであると信じる人々の集団に属しています」
強い力で職業人としての自覚を促し、それ以後の職業生活を貫く背骨をぴしっと一本通してくれた言葉、という。
この本の中には、「本は良いものであると信じる人々」が沢山出てくるし、そういう人々に助けられながら、本と出会い、本と戯れているかのような子どもたちも出てくる。
そうした人々、そうした子らのエピソードを読んでいると胸が熱くなる。
わが子との、本を間に挟んでの日々がいろいろ甦ってもきた。
本はほんとうに良いものだ。


心に残った件の一部を、少しだけ要約しながら、メモ。
★12歳で「カラマーゾフの兄弟」を読んだ子がいる。12歳で、この小説を「よくわかった」とはいえないだろうけれど、
「この年若い読者は、このとき、何かこの本の本質的なところに触れたのです」
「子どもは、手前にある「わからないこと」をとびこえて、直接その奥にある核心にふれることができる」


★お話の本に手を出さず、図鑑にのみ興味を持つ子については、無理に別の本をすすめる必要はないということ。
「自然のなかにふしぎを見出して、想像力を刺激され、物語が与えてくれるものとは違うルートで空想を楽しんでいるのだと思います」


★昔話について。
「空想の世界は、そこに逃げ込み、休息し、新しい戦いに備えて力を蓄える場であり、現実にない、もっと広い世界への窓を開いて見せてくれる場」


子どもと本の出会いの場としての図書館は、松岡享子さんが初めて大阪市立中央図書館の児童室で働き始めた1964年から、ずいぶん変わってきた。
「当時の日本の状況からいえば、大阪市立中央図書館は、公共図書館としてはもっとも進んだ児童サービスをしていたといっていいでしょう」と言うが、その進んだ図書館でさえ、今の図書館の児童室から振り返れば、閉じられた、さむざむとした状況だったのだ。
今の(全国の多くの)快適な児童図書室は、子どもと本との出会いの場をこつこつと作り上げてきたたくさんの児童図書館員たちの努力の賜物なのだ。


「図書館には、書店と違って、時代が生み出した最も優れた本が失われてしまわないように保存して、次の世代へ伝えていく役割があり、現在だけでなく、将来を見据えた本の選択をする責任があるのです」
その前で思わず居ずまいただしたくなるような、誇らかで重々しい言葉、と思った。
おおいに図書館の恩恵を受けている利用者の一人として、この言葉のよい支援者でいられたら、と思う。
わたしも、「本はよいものであると信じる人々の集団」に属する一人(端くれ)でありたいと思う。