『オーブランの少女』 深緑野分

 

 

オーブランの少女 (創元推理文庫)

オーブランの少女 (創元推理文庫)

 

 

フランス、イギリス、日本、北方の架空の国……舞台となる国も時代もばらばらの五つのミステリーであるが、不思議な統一感がある。
それはどれも「ここではないどこか」の物語である、ということ。あるいは、「むかし、あるところ」の物語だからだ、と思う。
それぞれの物語には、驚くような仕掛け(?)があるが、何よりも、雰囲気に酔う。細かいディテールに魅せられる。一作読むごとに、こんな物語をもっと読みたい、と思う。


手入れの行き届いた美しい花園に潜むもの。
雪に降りこめられたロンドンで、真夜中の街角にとまる辻馬車。
いかがわしい劇場の薄明かりの中に現れる美少女の物憂い表情。
昭和初期の寄宿学校の少女たちのさざめき。
北の国の漁村の、湖のほとりでは、吟遊詩人が物語を語る。
・・・・・・。
どの物語も秘密を宿している。それを語るなら小声で、そして、あとは黙って胸の内に秘めているのがきっといいのだ。


五つの物語の共通項は「少女」である、という。
可憐で、しとやかで、慎み深い少女たちは、実は、炎のような強さを秘めている。
「まだ若く不完全なわたしたちが大人に挑むのは少し怖いけれど、わくわくする気持ちの方が勝っていた」とは、ある作品のなかのある登場人物の言葉。
そうなのだ、この少女たちは、「若くて不完全」でありながら、当然受けるべき庇護から抜け落ちて、生き延びるために、大人に挑み、大人を出し抜き、勝ち抜いていこうとしているのだ。


物語は、外の世界から引き離された閉じた世界での出来事だ。
鍵のかかった庭園も、闇に包まれた街も、大雨のなかの食堂も。
少女たちは、自分を閉じ込めている重たい扉を開ける。


一番好きなのは、『大雨とトマト』 五作品中、一番短い物語で、物語のなかを過ぎる時間もわずか。ギュッと濃縮されたような密度の濃い時間に、取り込まれるような気持ちだった。
流行らないレストランのカウンターをはさんで、店主と二人の客。二人目の客が入ってきてからの店主の心模様は激しく移り変わる。けれども、表立った場面は、何一つ変わらないのだ。静かな店内、もくもくと言葉少なに食事をする二人の客がいるだけなのだ。
バックの土砂降りの雨が雰囲気を盛り上げる。
大雨はやむ。天候は鮮やかに変わる。このあざやかさに、はっと息を呑む。