『空の青さをみつめていると 谷川俊太郎詩集1』

 

空の青さをみつめていると 谷川俊太郎詩集1 (角川文庫 (2559))

空の青さをみつめていると 谷川俊太郎詩集1 (角川文庫 (2559))

 

第一詩集『二十憶光年の孤独』(21歳)から、1966年(35歳)の落首までが所蔵されている。


万有引力とはひき合う孤独の力である」
「意味もなく佇むためにのみ佇むこと」
「空の青さをみつめていると
 私に帰るところがあるような気がする」
「空を陽にすかしていると
 無のもつ色が美しい」
「……私は人を呼ぶ
 すると世界がふりむく
 そして私がいなくなる」
「俺は不幸だ
 何故なら俺は幸福だから」
「不幸を前歯の間でせせりながら
 朝になると眠りこむのだ
 みんなとそっくりの顔をして」

別々の詩から、印象的なバラバラの言葉をつまみとってみる。
自分から望んで、孤独へ、孤独へ、より深淵な孤独へと潜っていくような、それでいて、もてあましているようにも感じられる。


「本当のことを云おうか
 詩人のふりはしてるが
 私は詩人ではない」
「書きかけて忘れてしまった一行を
 思い出したい
 一語すら惜しみ
 私は言葉の受肉を待ちうける」
「言葉は幼児のようにもがいている」

言葉についてうたった詩句も、心に残るものが多い。


愛も歌っているのだが・・・
この愛は、自分自身も、相手も、傷つけていくように感じた。
はかないもの。いつか壊れるもの。
だけど、美しさも、よろこびも、ひとつも歌ってはいない。

「生のなかの死の日」
「だが 夢 それは破れるだろう」
「あたたかく やさしく たくましく
 そしてこんなにみにくく 恥ずかしく」


「落首」とした一群の詩は、当時の世情や社会の出来事についてうたう。苦い皮肉が満ち満ちている。時代変わって、起こっていることは違うのに、変わらないものはこんなに変わらないのか、変われないのか、と思いながら読んだ。

「名を除いても
 人間は残る
 人間を除いても
 思想は残る
 思想を除いても
 盲目のいのちは残る」(『除名』より)

「大は小をかねるとき
 量は質をかねるとき」(『大小』より) 
大きな戦争を防ぐためなら小さな戦争はやむを得ないか? 千人死ぬのも一つの国を守るためなら仕方がないか?

「事件だ!
 記者は報道する
 評論家は分析する
 一言居士は批判する」(『事件』より)
一連の詩の(句の)並びが絵画的で楽しいが、最後の締め
「忘れることは事件にはならない」 
どきっとする

「猿と宇宙人の間の居心地のわるさ!」(『ヒューマニズム』の最後の一行)