『エデン』 近藤史恵

 

エデン (新潮文庫)

エデン (新潮文庫)

 

 

先に読んだシリーズ最新作の『スティグマータ』の何年か前の話である。主人公チカは三十歳を目前にした青年。フランスのプロの自転車ロードレースチームに所属し、エース、ミッコ・コルホネンのアシストの一人として、ツールに出場することになっていた。
スティグマータ』での魅力的だった二人、ミッコと二コラに再会できて嬉しかった。(シリーズ順序通りに読んでいれば、初対面になるはずだったけど)
二コラは華々しくプロレビューを果たしたばかりの若者で、そのあふれるばかりの才能を開花させつつある。長年、振るわないフランス選手たちのなかでは久々に現れた大物で、国中のロードレースファンの人気を浚っていた。
物語の始まりはツール前夜。今年を最後にチカたちのチームのスポンサーが撤退することが決まった。ということは、ほぼチームの消滅を意味する。
花形選手はいい。すぐに移籍先が決まる。でもチカのようなアシスト専門の選手には、移籍先はそう簡単にみつからない。次の移籍先が決まらなければ、ヨーロッパのプロチームで活躍することはできなくなる。
このまま日本には帰れない……そんな気持ちにおかまいなしに、世界一過酷なレース、23日間のツールドフランスは始まる。


このレースはきつい。
ただひたすらに自分たちのエースをアシストして、チーム全体の勝利に向かえばいいはずなのに、そうできない要素がたっぷりとからんでくる。
将来への不安、手の届くところにある誘惑(というより強い要請か)との闘い、疑心暗鬼、うしろめたさ……まとまるべきチームはばらばらになってしまう。
「自転車ロードレースはチーム競技だ。チームはひとつの家族であり、運命共同体でもある。」
……皮肉な言葉に思える。


「しょせん俺たちはフランス人じゃないってことだ」ミッコの言葉が突き刺さる。
良い時なら大抵は隠されている、でも逆境になればみえてくるものがある。
スポーツの世界に厳然とのさばるナショナリズム。そして差別。みえてくるのは、それまで表に出なかっただけで、だれも片時も忘れてはいなかったということだ。ただ黙っていただけということだ。
屈託ない若者、と思っていた二コラの過去も語られる。
どこの世界も平等ではない、とつくづく思う。
マイナスの場所から這い上がろうとするとき、平等でない世界で平等に扱われているふりをするとき、何か大切なものを犠牲にしなければならないのだろうか。その犠牲のことをずっと忘れることはできなくても。
(知らない間に「犠牲」にされた側にとっては、たまったものではない)
そうまでして、そこへいきたいか。いたいか。
いたいのだ。それでもそこは、「エデン」なのか。


チカは、この過酷な世界を「楽園」と呼ぶ。
「叩きのめされたとしても楽園は楽園で、そこにいられること、そのことが至福なのだ」との言葉をかみしめる。
自分で選んで、ここにいることを、「至福」といえるほどに懸命に暮らしているだろうか、と自分に問いかけながら。