『満ちみてる生』 ジョン・ファンデ

満ちみてる生

満ちみてる生


「僕」ジョンの妻ジョイスが妊娠した。
これから赤ちゃん誕生までの家族の物語が始まるのだ。
このとき、ジョンは、子どもを待ち望んではいるけれど、父親としても、夫としても、まるっきり子どもを迎える準備などできていない。


ある日、二人の家の台所がシロアリのせいで、抜ける。
ジョンは、煉瓦職人の父に修理を依頼し、遠路迎えに行く。
この父親というのが、すごい人だった……
孫の誕生に多大な期待をよせ、息子家族の未来の設計図をすでに(一人で!)描きあげたところだった。


作家でアメリカ式の快適な生活を愛する息子と、職人気質でイタリア式の伝統を愛し迷信とまじないとともに生きる父との間に生まれるたくさんの齟齬や衝突のおかしさったら。
しかし、父親に振り回されながらも、この父の息子であることを誇りに感じているジョンの気持ちもほのぼのと伝わってくる。
読んでいるわたしも、だんだん、この父が好きになってきている。一途でオチャメなお父さん。


夫ジョンの目線で描かれる妊娠した妻ジョイスの姿は、夫の戸惑いもあってか、奇矯な言動ばかりとりあげられ、気まぐれで、時々滑稽に見える。
彼女自身の本当の気持ちがはっきり書かれることはないのだけれど、その行動も言動も、彼女の怒りや孤独の迸りのようにおもえる。
あの能天気夫め!
一人で雲の上を歩いているみたいじゃないか。
目の前の現実がちゃんと見えているのかな。


ジョンは、いまだに父の息子であり、妻の夫であり、それ以上になれなかった。
(あんなに愛情豊かな男なのに、惜しい。)
だけど、妻と父の間をころげまわりながら、剣突くらいながら、彼も変わってくる。
赤ちゃんを迎えるーーそれはもうてんやわんやの大さわぎだ。しみじみとおおさわぎだ。


心に残っているのは、父の暖炉づくりである。
台所の床を修理するために呼ばれたジョンの父は、肝心な台所はほったらかし(!)のまま、息子の妻ジョイスの手伝いを得て、居間の暖炉を壊し始める。
慌てたり心配したりするジョンを尻目に、頑丈で美しい、新しい暖炉をこしらえ始める。
なぜ!?
「孫のためさ」「千年先も使えるぞ。誰であろうと、何であろうと、この暖炉は壊せやしない。ロサンゼルスが滅びても、この暖炉だけはびくともしない」(父)
「きっと素敵な暖炉になるわ。大きくて、見栄えが良くて、とても暖かに、心地よく過ごせるわ」(妻)


冗談と強情の賜物みたいにみえる、居間にそびえる、ひたすら丈夫な暖炉よ……
しかし、いま、父がここに、本当は何を作ったのか、わかってきたような気がするのだ。
たくさん笑ったあとで、静かに満ちてくるものを大切に味わう。
ここに、もうすぐ赤ちゃんがやってくる。