『ノーラ・ウェブスター』 コルム・トビーン

ノーラ・ウェブスター (新潮クレスト・ブックス)

ノーラ・ウェブスター (新潮クレスト・ブックス)


物語の背景となる時代は、1968年から1972年ごろで、北アイルランド紛争が始まったころだそうだ。
アイルランド南東部ウェックスフォードにある田舎町エニスコーシーに暮らすノーラ・ウェブスターは、夫モーリスを失う。四人の子どもが残された。
専業主婦だったノーラは、生活のために結婚前に勤めていた事務所に再就職する。
誰もが知り合いのような気がするちいさな田舎町。親戚たちとの交わりも濃い。
嬉しいよりも、鬱陶しいことこの上ない環境の中で、今まで「モーリスの妻」という以上の存在価値など考えもしなかった彼女は、少しずつ自分の人生を立て直し、さらに豊かで充実した人生へと歩みを進めていく。


ノーラ・ウェブスターは、かなり癖のある人物だ。
『訳者あとがき』には、
「元来愛想がよいほどではなく、家族からさえ近づきがたいところがあると見られているノーラは、いざという時には突っ走る反面、ものごとをよく考えた末に結局黙り込んでしまうタイプなので、なにかと生きづらい・・・」
と書かれていて、確かに確かに、と頷きつつ、「ずいぶん控え目に言ってそれだよ」とも思う。


見た目は、控え目で、品もあるような気がする。芯のしっかりした人だな、と思う。
しかし、あれもこれも、自身を悩ませる不愉快な出来事の火種を作ったのはほかならぬ自分自身だということを都合よく忘れることができる人のようだ。
そういう人だから、人を見る目はかなり偏っているのだけれど、読者は、その偏りになかなか気づけない。ノーラ目線の語りにあやうく騙されそうになる。
実際に会ったら、ちょっと苦手な人だ・・・


そう書くそばから、「何もそこまてひどく言わなくても」と自分をたしなめたくなる。
……私は、(本当なら苦手なはずの)ノーラの人生になぜこんなに惹かれるのだろう。
ノーラのことを苦手だと思うのは、私自身が自分にもあると感じる嫌らしさが、肥大化して目の前に広げられたような気がするからでもある。
見たくないものを見せられたような嫌な感じ・・・
逆に、かなり近しい存在、と言えなくもない。
だから、放っておきたくない。なんとかやっていってほしいと思うのかも。


それから、主人公のなかに、一点二点、はっとするほど輝かしいものがあることを知ったときのときめき。
それは、この歳になるまで自分自身さえ気づいていなかったもの。
気づかないままずっと自分の中に眠らせていたものが、揺さぶられ、静かに目を覚ます。
その過程の美しさに偽りはない。
最初はおずおずと、やがて夢中になって、追いかけ、育て、磨いていく、その過程の充実にほっと息をつく。心地よい。


遠景のように遠くかすかに見え隠れしていたアイルランド紛争が、この小さな町に住むノーラと家族たちをいつのまにか取り込んでいく様が、心に引っ掛かっている。
物語の遥か後ろにかすかに描かれた背景ではなくなっていたことが。