『二ノ橋 柳亭』 神吉拓郎

二ノ橋 柳亭 (光文社文庫)

二ノ橋 柳亭 (光文社文庫)


七編収められた短編集だけれど、どれもよかった。
まず最初に読んだ『ブラックバス』 終戦の日が、いつもと変わらない静けさで過ぎていく。劇的なことは何もなくて(あるにはあるが、表には出さない)、そうした終戦の日の向こうに、嘗て、この土地を愛し、心から愛して、土地に名をつけた趣味人たちの横顔がふっと浮かび上がる感じが好きだった。
トルコ風呂(と当時の呼び方そのまま)を舞台にし、そこに通い詰めるサラリーマンを語り手にした『巫山の夢』 語り手が好きになれなくて、これは駄目かもと思いながら読んでいたが、最後に、いいものを見せられた。一瞬、見間違いかもしれないみたいな感じで。だからそれが印象に残る。
四つ目に置かれた、表題作『二ノ橋 柳亭』を読みながら、私は、この作品集を通して、一つの星(もっと別の、もっとふさわしい言い方ができたらいいのだけれど)を見ているのだ、と気が付いた。そういう星があること、そういう星を見つめる人たちがいることを、いいなあと思った。


そういう星・・・
ほんとうにあるかどうかわからない。もしかしたら、その人の胸の内にしかない星なのかもしれない。それでもいい。
空のあの暗い暗い広がりのあのあたりに、きっとそれはある、と思って見上げる。
それはものずごく冷たくて寂しいところ。でも、その星が確かにそこにあることを知っている人にとって、寂しさ・冷たさは、なんでもないことなんだろうな。
その見えない星がそこにあることを知っていることで、果てしない夜空は冴え冴えと澄む。
見えなくてもいい。あるいは見えないからいい。


ことに好きなのは、『ブラックバス』『二ノ橋 柳亭』『目の体操』