『ハウスキーピング』 マリリン・ロビンソン

 

ハウスキーピング

ハウスキーピング

 

 

ルースとルシールの姉妹は、幼い時、母親によって祖母の家の玄関に置いてきぼりにされた。
面倒を見てくれたのは祖母。祖母が亡くなってからは二人の大叔母。
その二人の後は叔母(祖母の娘)のシルヴィが、ずっと二人の面倒をみてくれた。


叔母シルヴィは、いつでも優しかったけれど、ルースとルシールは、叔母が「しっかりした人」ではないことに気がついてくる。
湖の上にかかる鉄橋の上を歩いて渡っている叔母を見たことがある。
暗闇が好きで、よく三人は暗闇の中で夕食をとった。
何よりも、叔母には、いつのまにかふらっと二人を置いて消えてしまいそうな雰囲気がある。


ルシール・ルース姉妹は、幼い時からいつも一緒だった。
二人一緒にいても、一人の時より寂しくなくなるわけじゃなかったけれど。
二人は成長し、別の道を歩き始める。一人は外へ。そして、ひとりは残る。


美しい文章だ。
自然や家の中の様子を描写する文章が好きだ。
見えるままの描写だけではなくて、そこに籠る気配を描きだして見せてくれる文章か好きだ。
ときどき、本当に「ある」ものについて語られているのか、そこにこもる幽霊のようなものについて語られているのか、わからなくなる。
この家に住む家族(生きている人々も、なくなった人々も)が、もともと人をよせつけない人たちであることも、そういう雰囲気を呼び寄せているのかもしれない。


ことに印象に残っているのは、三人が(叔母の好みにより)夜遅く、闇の中で一切の明かりを消して食事をする場面だ。


月明かりだけが照らす食卓について、ベーコンの焼ける匂いのなかで黙って座って居る三人。
「これほどしんみりしていて、これほど玉虫みたいに輝く青で、虫がチリチリ鳴いたり羽をこすりあわせたり、太った老犬が隣の前庭で鎖をチャリチャリ引きずったりする音でこれほどあふれている晩には――こんなに果てしなく広がり、光を帯びている晩には、私たちはいつもより敏感にお互いの近さを感じるものだ」
部屋の中が暗いと、窓の外が青々と明るく見えること……
誰か(生きた人ではない誰か)に覗かれているような気がすること……
このような文章を読んでいると、読書の居心地の良さに、ため息をついてしまう。


でも、居心地が良いと思っているのは、たぶん、自分が窓の内側に、三人と一緒にいるような気がしていたからだ。そこは安全で安心だと思っていたのだ。
でも、突然気がつく。私、いつの間にか、外にいる。
外から窓の内側を見ている、目に見えない存在、風のような存在になっている。
不安定な居心地に、不安な気持ちが湧き上がってくる。
いやいや、中にいても、ほんとうはちっとも安全とも安心とも思っていなかったんだよね。そういうふりをしていただけかもしれない。


暗闇の中で和やかに食事をしていた三人の食卓が、突然明かりに照らし出される場面があった。
明るくなった瞬間、闇のなかでは見ずにすんでいたものがみんな見えてしまう。
あのとき、見えてしまったのは、三つのどうしようもない寂しさではなかっただろうか。
三つの行き場のない不安ではなかっただろうか。