『オオカミを森へ』 キャサリン・ランデル

オオカミを森へ (Sunnyside Books)

オオカミを森へ (Sunnyside Books)


ロシアの深い森の中から物語は始まる。
この森に暮らす少女フェオとママは、オオカミ預かり人である。
貴族の気まぐれでペットにした後に見捨てられたオオカミたちを野生に返す仕事をしている。
「オオカミ預かり人」というのは、作者の創作であるようだ。ロシアの貴族がここまで盛んにオオカミをペットにしたということも創作であるようだ。
ジョーン・エイキンが『ウィロビーチェイスのオオカミ』でやったように、実際の歴史に、するりと架空の歴史を混ぜ込んだのだろう。


幼いときから人間よりもオオカミと心通わせてきたフェオなのだ。
「わたしたちらしい暮らしがしたかっただけ。オオカミたちと、雪と、ママと……それから本と、クロイチゴでこしらえた温かい飲み物があれば……。それだけで幸せだった」とフェオは言う。
ところが、森に駐屯するラーコフ将軍率いる軍隊によって、この小さな暮らしは蹂躙される。
家は燃やされ、フェオの愛するママは言いがかりのような汚名を着せられ、サンクトペテルブルグのクレスティ刑務所に護送される。来週の金曜日には処刑されるらしい。
フェオは、軍を脱走した少年兵イリヤを道案内に、三頭のオオカミと一緒に北を指して走り出す。愛するママを救うために、サンクトペテルブルグを目指す。


人を恐怖によって支配しようとするラーコフの恐ろしさ、不気味さは、様々な人の口からこれでもかってくらいに描きだされる。
フェオのママが連れ去られた本当の理由を、フェオは考える。
「ラーコフはママを恐れていたから。ママがラーコフを恐れていないことを恐れていたから」
誰よりも恐怖に囚われていたのは、ラーコフ自身だったのかもしれない。


夢中になって読んでいるうちに、ああ、もう終わってしまったか、と思うようなドキドキの冒険物語だ。
執拗に追いかけてくる不気味で残酷な将軍。
敵は人だけではない。
ロシアの「極みの寒さ」が容赦なく襲い掛かってくる。
迫る期限は、過ぎていく時間も敵だと告げる。
一方で、思いがけない出会いや人の真心に、温められる。
見せ場はたくさんあり、物語は起伏に富んだ山脈のよう。


けれども、一番心に残るのは色だ。(もともと、この本を手にとったきっかけは、表紙の挿画の美しさだった。)
・・・目に浮かぶ。
まっ白の雪のかなたに黒々とした森が口を開けている。
雪の中を三頭のオオカミが駆けていく。色は白と黒と灰色。
その背に乗った二人の子どものマントの鮮やかな赤と緑だけが、このモノクロの風景の中に浮かび上がる色。
豊かなイメージがくっきりと心に残る。