『シャルロットの憂鬱』 近藤史恵

シャルロットの憂鬱

シャルロットの憂鬱


眞澄と浩輔夫妻が初めて飼うことになった犬が、四歳のジャーマンシェパードの女の子、シャルロット。
だ、大丈夫かな?
・・・大丈夫なのです。シャルロットは引退した警察犬で、しつけはしっかりできているし、我慢もできる。
犬を飼うにあたって、いちばん難しいのは子犬のしつけなのだ、初心者で、おまけに共働きのきみたちはしつけができている成犬を飼うのがいい、と愛犬家の叔父に薦められたのだった。


かくして、真澄、浩輔とシャルロット、一緒の生活が始まった。
シャルロットは賢かった。
散歩のときには最初から横にぴしっと寄り添って人と歩調を揃えて歩いた。
滅多に吠えなかったが、たまに激しく吠えた。それは、自宅や近所の家に、空き巣や小火などの異常を見つけたときだ。
けれども、賢い、ということはズルを覚えるのも早いということ。この家では、警察犬の頃のように、言いつけを全部守らなくてもいいのだ、ということをすぐに理解する。
眞澄も浩輔もそれでいいと思っている。
おおむねいい子で、ときどき悪い子のシャルロットの様々な表情は、読者のわたしをもメロメロにするのだ。


たとえば、休日の散歩に同行する眞澄と浩輔の顔を交互に見上げ、まるで笑っているような顔になること。――楽しいねえ、楽しいねえ。
とびきりの犬の笑顔が目に浮かぶ。
それから、思わずやりすぎてしまった不始末を見つかってしまった時のバツの悪そうな顔。
ぺろぺろと眞澄の顔を舐めて(ごめんなさい、もうしないから)
これもちゃんと目に見える。ううっ、その顔に、怒れるわけないじゃないの。耳の下をがしがし掻いてやりたくなってしまうじゃないの。
眞澄の叔父は言う。
「賢い犬は、こっそりと飼い主をしつけてしまうんだよ」
はたっ。
……
(うちもしつけられているんだろうか?)


シャルロットと暮らすようになり、夫婦ふたりきりの生活は一変する。
いろいろと生活に制約はできるけれど、もはやシャルロットなしの生活は考えられない。


そして、生活のなかに奇妙な事件が紛れ込んでくる。
たとえば、ある日空き巣に入られた。それなのに、なぜ、留守番のシャルロットは吠えなかったのだろう。
シャルロットがチワワに噛まれる、という事件も起こるが、その背景には意外な人間の思惑があった。
眞澄が迷子の柴犬を保護することになる。首輪の名前に心当たりがあるので飼い主はすぐに見つかるはずだったんだけど…。
子猫を保護したりもする。突然始まった近所の猫集会も謎だった。


過ぎてしまえば、事件ともいえないような事件だったよね、と思うのだが、間違えたらとんでもないことになっていたはず。
そして、どれも動物がらみの事件であるけれど、事件を起こすのは人間で、その影には誰かのどこかささくれだった思いがからんでいる。
巻き添えにされる動物たちこそよい迷惑だ。それなのに、しっぽを振って、寄り添って。
人の顔を見上げる嬉しそうな顔に出会えば、なんだか申し訳ないような気持ちになる。