[ 運命と復讐』 ローレン・グロフ

運命と復讐 (新潮クレスト・ブックス)

運命と復讐 (新潮クレスト・ブックス)


裕福に育ったロットと美貌のマチルドは学生時代に電撃的に出会い、卒業直後に結婚。俳優として芽の出ない夫は、貞淑で献身的な妻に支えられ、やがて脚本家として成功。それは、幸せに満ちた人生のはずだった――妻のある秘密を知るまでは。
これは、この本の帯に書かれていた言葉だが、このまま、第一部の内容をざっくりと要約している。
第一部はロット視点、第二部はマチルド視点の物語。二人の人生を、結婚生活を中心にして、それぞれの視点で語る。


第一部、ロットについては、帯の数行の要約で私としては一向に構わないと思う。(と冷たく言い放ってやる)
でも、それだから感じる。彼の周りの人々の得体の知れなさ。
ことさら、献身的なマチルドの数々の場面での沈黙は、何かあると思わせる。
思わせぶりな瞬間瞬間の描写をさらっと見せながら、みんな第二部で、再びスボットを当てられるのを待っている。


第二部は、マチルド視点の物語。
女の一生のエピソードが、細切れに、時系列ばらばらに置かれている。
星のように散らばった数々のエピソードは、恒星のようなラスト数ページを中心に回っている。
第一部での見覚えある場面のひとつひとつが、ここで、まったく違う風景に変わっていく。
ロットとマチルド二人だけの物語であるなら、表と裏、二色の物語を読んだ、と思うところだけれど、そういう物語ではない。
ロットのまわりには大勢の友(?)がいて、本人さえ忘れている、あるいは知らなかった、複雑な絡みがあり、それが、夫婦に大きな影響を与えていることを知るのだから。
登場人物それぞれの視点からもう一度語らせてみたら、いくつもの物語が出来上がるにちがいない。

>絶大な魅力で人を惹きつけるたいていの人物がそうであるように、夫の中心には大きな空洞があった。人々が彼をこんなに愛するのは、彼としゃべっていると、彼の中で反響した自分の声がこの上なく甘美に聞こえるからなのだ。
と、マチルドはロットのことを考える。
でも、空洞はマチルドも持っていたのだ。別の種類の空洞を。
ロットが持っていた純情さや強い自己愛は、間違えてもマチルドが持ち得なかったものだった。
一方、マチルドが幼い時からずっと抱えてきた怒りと深い孤独を、ロットは持ち合わせていなかった。
だから、二人は惹かれあったのかもしれない。互いに、知らず知らず足りないものを補完し、同時に、過ぎるものを抑えることにもなっていたのかもしれない。
彼女がロットを失った怒りは、身体を引き裂かれる痛み、そして、ロットの存在によって抑えていたものの迸りのようだった。


そのようなマチルドになっていくまでの生い立ちを読むのは辛かった。
少女強時代のエピソードのひとつ。自分の足に吸い付いた蛭を、そこに吸い付かせて血を吸わせたままにすることで、唯一の友と一緒にいる喜びを味わったが・・・というくだり、あまりの寂しさに、いたたまれなくなる。
マチルドは怒り(それも自分自身への)に囚われているが、怒りは孤独な自分を生かすためのよりどころのようだった。一方、激しい怒りが、ますます孤独を深めさせているようだった。


読み終えれば、第一部と第二部のあとに、見えない第三部が現れるのを感じる。
第一部と第二部と見かけは同じストーリーだけれど、まったく別の物語。
(手放せないものを手放す必要はないのかもしれない。ほかのものを入れる場所が少しばかり開いていることに気がつけば……そうしたら、「それに囚われている」のではなくて「それを保っている」に変わるのではないか。)
第三部があるとしたら、それは「Yes」から始まるはずだ。